理事長の部屋

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11月 きんもくせい(金木犀)

-「とりかへばや物語」から「転校生」「君の名は」まで-

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                 黄色い果実のような金もくせいの花

 今年の秋の彼岸はずっと曇でした。919日の彼岸入り、22日の中日(秋分の日)、25日の彼岸明けまでの7日間、晴れたのは最後の一日だけで、後は曇か時々小雨、梅雨時のようなどんよりした日が続きました。例年になく秋雨前線が長く停滞したためです。その傾向は10月初旬まで続き、日照不足に加えて北海道や東北地方へ何度も襲来した台風の影響により、農作物が不出来で玉ねぎや葉物野菜の値段が高騰しました。例年ならば秋の澄んだ陽射しに鮮やかに映える彼岸花も、灰色の雲の下ではいっこうに冴えず、いつの間にか枯れてしまいました。まさに秋の長雨(ながさめ)なのでしょうが、これだけ続くと風情も何もなく、うっとうしさだけが残りました。
 10月も半ばになり大陸の高気圧が張り出して来て、ようやく秋らしい晴天の日が続くようになりました。澄み切った青空に、真っ白なすじ雲や鰯雲(いわしぐも)が高く浮かびます。西の山の稜線がくっきりと鮮やかとなり、赤や白や桃色のコスモスが風に揺れます。  朝夕はずいぶん冷え込むようになり、朝出勤の人達には、ついこの間まで半袖だったのに、いつの間にか上着を着ている人が増えています。朝陽の明るい少し張り詰めた空気のなかで、足早に駅へと急ぐ人達の黒っぽい上着を見ていると、季節の移り変わりを感じます。
 この頃になると何処からともなく漂ってくるのが、金もくせい(金木犀)の甘い香りです。風の無い秋晴れの日、住宅街を歩いていて、ふと金もくせいの香りを感じると、思わず足を止めてしまいます。「どこに金もくせいが咲いているのだろう?」とあちこち見回して探します。上品でおくゆかしい甘い香りは、日本の秋をふくよかに包みます。
 金もくせいは、モクセイ科モクセイ属の樹木で、仲間には銀もくせい(銀木犀)や薄黄もくせい(薄黄木犀)などがあります。金もくせいは雌雄異株で、雄花だけの雄木と雌花だけの雌木が別々に育ちます。江戸時代に中国より渡来したと云われますが、その際、香りの強い雄木だけが輸入されたため、日本に育つ金もくせいはすべて雄木です。雌木はありません。そのため本邦では金もくせいは実を結ばず、挿し木で増やします。

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                枝もたわわに咲く金もくせいの花

 

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  銀もくせい(あるいは薄黄もくせい?)の花

 銀もくせいは単にもくせいとも呼ばれ、白い花を咲かせます。金もくせい同様に甘い香りを放ちますが、金もくせいほど強くありません。こちらには雄木と雌木があり実が成ります。右の写真は銀もくせいを撮ったものですが、白い花と薄黄色の花が混在しており、薄黄もくせいかも知れません。あるいは両者が混在しているのでしょうか。

 

金もくせいの芳香成分は、主にβイオノン、リナロール、γ-デカラクトン、リナロールオキシド、cis-3-ヘキセノールなどです。これらの甘い香りは虫を寄せ付ける作用がありますが、もんしろ蝶はγ-デカラクトンの匂いを嫌い、花に寄り付かないそうです。金もくせいの香りは、日本では「くちなし」、沈丁花(じんちょうげ)と並んで三大芳香の一つに挙げられていますが、欧州の人達には余り歓迎されないそうです。
 金もくせいの小さな雄花には、中央に短い「おしべ」が2本、対になって存在します。   さらにその真ん中には退化した「めしべ」があるそうですが、この写真ではよく分かりません。金もくせいの雌花については、せめて写真だけでも・・・とネットなどでいろいろ探してみたのですが、なかなか見つかりません。そうしているうちに薄黄もくせいの雌花の写真を見つけましたので、それをイラストにしました。中央に大きな「めしべ」があり、その両横にずんぐりした「おしべ」が2本みられます。「おしべ」は退化して機能していないそうです。恐らく金もくせいの雌花も同じような形をしているものと思われます。

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金もくせいの雄花

 
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薄黄もくせいの雌花

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                  群れて咲く金もくせいの雄花

 日本全国に雄木しかいない金もくせい、雌木は遥か遠く離れた中国にしかいません。男ばかりで一体どんな思いを抱きながら暮らしているのでしょうか。人間でいえば、男子校だけで成長するようなものです。私は幼稚園から大学までずっと男女共学であり、一度も男子校で学んだことはありません(もちろん女子校もですが)。ですから男子校がどんな所かよく分からないのですが、もし日本全国に男子校しか無いとしたら、思春期の私達はどう思ったことでしょうか。
 日本の金もくせい、確かに雄花、雄木ですが、そのほのかな甘い香りや控え目に咲く姿は、どちらかと云えば女性的です。

 今、「君の名は」という長編アニメーション映画が大ヒットしています。新海誠監督6作目の劇場用アニメで、今年826日の公開から記録的な興行成績を挙げ、1か月足らずで観客動員数774万人、興行収入も100億円を突破し、日本のアニメーション監督としては宮崎駿氏に続く記録なのだそうです。東京に住む男子高校生と飛騨糸守町に暮らす女子高生、お互い全く知らないのに突然心が入れ替わることにより始まる純愛物語です。普段アニメーション映画はほとんど見ないのですが、「男女の心が入れ替わる」というストーリーに興味があり、先の日曜日夫婦で見て来ました。若い人や子供達に囲まれて少し恥ずかしかったのですが、映画は素晴らしいものでした。まず映像の美しいことに驚きました。四季折々移り変わる雄大な自然の中で、湖に面して拡がる山間の町、糸守町の古い町並みや神社などの昔ながらの風景が詩情豊かに描かれます。新海監督は少年時代を信州で過ごしたそうですが、その時心に焼き付いた光景をもとに絵を描いたそうです。映画は、3年前に起こった隕石の落下による糸守町の全滅という天災に運命を翻弄される女子高校生と、夢の中で彼女に出会い、愛し合うようになった男子高校生との純愛物語です。大都会東京と糸守町の懐かしい田舎の風景、現在と3年前の隕石が落下するまでの情景が交互に登場します。東京と飛騨、現在と過去、夢と現実、宇宙と地上とが複雑に交錯し、まさに時空を超えた壮大なロマンです。話の筋は複雑に入り組んでいて難解です。見終わった後一瞬あらすじ全体の辻褄(つじつま)が合ったように思いましたが、よく考えますと謎の解けない部分が残ります。謎を含んだストーリー、謎は謎のままで楽しむのも、この映画の魅力のように思えます。バックに流れる音楽も素晴らしいものでした。担当したのはRADWIMPS(ラッドウィンプス)という若い人達に人気の4人組ロックバンドですが、テンポは速いながらもメロディが美しく、バラード調の抒情的な曲も織り交ぜられていました。さらに詞が素晴らしく、日常の言葉を巧みに組み合わせることにより、自分の心の中をありのままに伝えようとする心情が切々と伝わって来るように思いました。

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我々高齢者にとって、ロックミュージックと云えば騒がし過ぎるという印象が先に立ち、つい敬遠しがちになりますが、この映画の曲はいずれも共感できるものでした。作詞、作曲を担当したグループのリーダー野田洋二郎氏の才能には特筆すべきものがあります。  いずれにせよ孫達の演ずる壮大なスケールの愛情物語に、久し振りに時間の経つのを忘れた1時間40分でした。

 男女の心が入れ替わる、私が最初に観た映画は1982(昭和57年)に公開された大林宜彦監督の「転校生」で、中学3年生の男女の心が入れ替わります。主人公の男子生徒の教室に、ある日、小さい頃に引越して行った幼馴染の女子生徒が転校生として現れます。二人は、ふとしたことから一緒になって神社の石段を転げ落ちますが、起き上がると二人の心が入れ替わっていたのです。

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          転校生

身体的に二次性徴期を迎えた男女の心が入れ替わるのですからたいへんです。二人は戸惑い、悩み、必死になって隠そうとしますが次第に周囲にばれていきます。元に戻れないもどかしさに絶望し、家出して自殺を図ろうとまでします。二人で追い詰められて行くうちに、互いの性や生に対する理解を深めていきます。映画の結末で男子生徒が引越しすることになりますが、その数日前、二人は再び石段から転げ落ちて元に戻ります。その時二人は、相手を異性として十分理解することができ、お互い尊重し合って、愛を感じるようになります。尾道の美しい風景の中で繰り広げられる、のどかでユーモラスなやりとりに、観客は面白可笑しく笑いますが、同時にほのぼのとしたやさしい気持ちになり、思春期の性というものをじっくり考えます。転校生の女子生徒を演じた小林聡美の体当たりの演技が好評でした。原作は山中恒の児童文学「おれがあいつであいつがおれだ」で、19794月から19803月まで旺文社の「小6時代」に連載され、現在は角川文庫から出版されています。この映画の成功を機に、大林監督は尾道を舞台とした映画を次々に製作します。「転校生」に次いで「時をかける少女」「さびしんぼう」を発表して尾道三部作が誕生し、さらに「ふたり」「あした」「あの日、夏の日」が作られて新尾道三部作と称されています。私は大林映画の底流に流れるやさしさとユーモア、ファンタジー性に強く惹かれ、よく観ました。

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あべこべ物語の表紙(少年少女講談社文庫1975年)

 男女の心が入れ替わるという話を最初に映画化したのは「転校生」ですが、初めて児童文学の世界の持ち込んだのは、詩人で作家のサトウハチロー(1903-1973年)です。戦前の1932(昭和7)年に発表された「アベコベ玉」という作品で、後に「あべこべ物語」と改題されて出版されました。兄妹の心が入れ替わる話で、兄妹喧嘩ばかりしている二人は、何でも望みをかなえてくれるという不思議な玉の前で思わず次のように呟いてしまいます。妹「喧嘩するといじめられるのは私ばかり。お兄ちゃんのように男になりたい」、兄「喧嘩すると親に怒られるのは僕ばかり、妹のように女になりたい」すると突然入れ替わってしまうのです。そうしてお互い男の子の生活、女の子の生活を知ることになるのですが、この 物語では性のことについてはほとんど触れられていません。
思春期における体と心の問題を真正面から取り上げたのが、児童文学としては「おれがあいつであいつがおれだ」であり、映画では「転校生」なのです。 
 本邦では、平安時代後期に体の性と心の性が一致しない姉弟を主人公にした「とりかへばや物語」という作者不詳の小説が書かれています。「とりかへばや」とは「取り替えたい」という意味の古語です。主人公は容姿端麗のうり二つの姉と弟ですが、姉は男性的な性格に、弟は女性的な性格に生まれました。父は二人を「取り替えたい」と嘆きながらも、姉を若君(男)、弟を姫君(女)として育てます。宮中に出仕した姉の「若君」は、男性としての才気を発揮して出世街道を突き進みます。一方、弟の「姫君」も女性として後宮に出仕し主君女東宮の寵愛を受けます。その後「若君」は結婚しますが、「若君」が女であることを知らない妻は、「若君」の親友の宰相中将と通じて妊娠します。一方「姫君」は東宮と深い仲になり、こちらにも子供が出来てしまいます。ついに「若君」は宰相中将に女性であることを知られ、中将にみそめられて子を孕みます。にっちもさっちも行かない極限状態に陥った時、二人は周囲に悟られぬようにそっと互いの立場を入れ替えて、事なきを得ます。本来の性に戻った二人は、それぞれ関白、中宮という最高位にまで登りつめます。
 最後はハッピーエンドの物語ですが、ここでは「男女の心が入れ替わる」のではなく、男性の性格を持った女性、女性の性格をもった男性、すなわち性同一性障害の男女が主人公になっています。性同一性障害とは、心の性と体の性が一致しない状態で性別違和とも呼ばれ、れっきとした医学用語です。レスビアンやゲイなどの同性愛や単なる異性装(例えば心も体も男性なのに女装する人)などとは異なります。最近LGBTという言葉をよく耳にしますが、これはレスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をとった言葉で、性的少数者のことを指し、性同一性障害もこの中に入ります。近年LGBTを認めようという運動は、欧米はもとより日本でも拡がっていますが、平安時代にこのような物語が書かれていたとは驚きました。「君の名は」の監督新海誠氏も、「とりかへばや物語」と古今和歌集に登場する小野小町の次の和歌からヒントを得て、小説を書き映画を作成したそうです。

 

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを

 

(あの人のことを想いながら眠りに入ったから夢に出て来たのだろうか。夢と知っていたら目を覚まさなかったのに。)

 

 「転校生」で始まった男女入れ替わり映画は、その後幾つか製作され、現在の「君の名は」に至ります。心を入れかえることで体との不一致が生じ、コメディとしての可笑しさが生まれます。しかし単なるそれだけの理由で、これらの映画が作られたとは思えません。若い恋人同士には、お互い心を入れ替えたいというような願望でもあるのでしょうか。私達にとって遥か遠くになった昔のことで、よく分かりません。

 今回は日本の金もくせいは雄木なのに女性的な芳香を放つということから、思わぬ方向へ話が展開しました。

 さて病院の話題です。今回は桑名西医療センターの臨床検査室をご紹介します。
桑名西医療センターの臨床検査室は、主として検体検査、生理検査、病理検査、輸血検査の4部門で構成されており、緊急検査には24時間対応して60分以内に結果を出せるようにしています。各部門の業務内容と特徴についてご紹介致します。
【検体検査部門】血液検査、尿一般検査、生化学免疫血清検査など、患者さんの血液や尿などの検査を行います。これらの検査結果は、日常臨床における診断や治療さらに経過観察などに重要な役割を担っています。検査をできるだけ正確かつ迅速に実施して、得られた情報を速やかに医師に提供することにより、病気の早期発見や経過観察、治療効果の判定などに役立つように努めています。

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【生理検査部門】心電図やホルター心電図、トレッドミル運動負荷試験、手足の血管の動脈硬化の程度を計測する血圧脈波検査、呼吸や睡眠機能検査、24時間自動血圧測定、脳波や超音波検査などを行っています。当部門では特に手足から脳幹部にかけての神経機能検査に力を入れています。超音波検査では、心臓、腹部、甲状腺、乳腺、頸動脈、下肢の動静脈など全身の臓器を対象にして、超音波検査士や乳癌検診の認定資格を持った臨床検査技師が担当し検査を行っています。これらの生理検査は、できるだけ診察当日に受けていただけるように努めています。
【生理検査部門】心電図やホルター心電図、トレッドミル運動負荷試験、手足の血管の動脈硬化の程度を計測する血圧脈波検査、呼吸や睡眠機能検査、24時間自動血圧測定、脳波や超音波検査などを行っています。当部門では特に手足から脳幹部にかけての神経機能検査に力を入れています。超音波検査では、心臓、腹部、甲状腺、乳腺、頸動脈、下肢の動静脈など全身の臓器を対象にして、超音波検査士や乳癌検診の認定資格を持った臨床検査技師が担当し検査を行っています。これらの生理検査は、できるだけ診察当日に受けていただけるように努めています。
【輸血検査部門】貧血や出血あるいは手術などで輸血が必要な患者さんに、安心して輸血を受けていただけるように、輸血に関する検査や管理業務を行っています。さらに緊急時の輸血にも迅速に対応できるように、24時間体制をとって各診療科を支援しています。
 さらに当検査室のスタッフは、糖尿病指導療養士や栄養サポートチームが行う一般向けの各種教室(肝臓病教室や糖尿病教室など)に積極的に参画し、また院内の各種委員会や栄養サポートチームの回診、研修会にも参加して、チーム医療の推進に取り組んでいます。
 今後も各診療科や部署と協力して、よりよい病院を作っていきたいと張り切っていますので、これからもどうぞよろしくご支援の程お願い申し上げます。

 

桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛   (文、写真)

竹田 恭子(イラスト、写真 )

 

 

 

 

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