理事長の部屋

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12月:ハゼノキ(櫨の木)

―和蝋燭(ろうそく)と死神と・・・知って驚くその不思議―

ゆらゆら燃える和蝋燭(ろうそく)と西洋蝋燭、どっちがどっちでしょう?

 2022年224日、ロシアのウクライナ侵攻が始まって1年が過ぎました。停戦交渉の目途は立たず、戦況はますます泥沼化するばかりです。そして26日にはトルコ・シリア国境地帯において未曾有の大震災が発生し、5万人以上の人が亡くなりました。痛ましい事件、災害が続発し、憂鬱になるばかりです。そんな中、新型コロナ感染症は世界中で鎮静化しつつあり、日本でも58日には5類感染症に変更され、313日にはマスクの装着基準も緩和されようとしています。暗いニュースの続く中、おぼろげながら遠くに蝋燭の灯が見えて来たような気がします。それで今月は、ハゼノキ(櫨の木)に始まり蝋燭と死神の話です。

 12月も半ばを過ぎ冬支度の始まる頃になりますと、錦秋の主役を演じて来た楓や銀杏の赤や黄の葉も枯れ、あたり一面茶褐色となります。そんな中、一人気を吐いて美しく紅葉しているのがハゼノキです。青空に映える紅葉は美しく、俳句では黄櫨紅葉(「はじもみじ」と読みます)という秋の季語になっています。 

 ハゼノキの紅葉は何時頃から始まるのでしょうか、私は今まで気が付いたことがありません。自転車で走るいつものコースにハゼノキの大きな木がなく、紅葉していても赤や黄の大きな樹々や草花に隠れて目立たないからでしょうか。秋も更けて落ち葉が多くなり、野山の賑わいが盛りを過ぎますと、忽然と浮かび上がるように、紅葉真っ盛りのハゼノキが現れます。まだまだ勢いの衰えぬ冬の陽に透ける紅い葉は、明るくて暖かく、私たちの心を癒してくれます。

 ハゼノキは単にハゼ(櫨)とも言われますが、ウルシ科ウルシ属の落葉小高木です。和蝋燭の原料となる木蝋(もくろう)を採取するために、江戸時代に琉球から持ち込まれましたので、リュウキュウハゼともロウハゼとも言われます。ウルシと言えば、樹液などに含まれるウルシオールにより接触性皮膚炎を起こして「かぶれます」が、その毒性はツタウルシ、ウルシ、ヤマウルシの順で強く、ハゼノキもそれほど強くないものの「かぶれる」そうです。それで私は写真を撮っている間、念のため一度も触れないようにしました。

高さが数mの小高木となります。

 ハゼノキと、類似のヤマハゼ、ウルシ、ヤマウルシなどのウルシ属の植物の葉は「奇数羽状複葉」の構造をしています。その解説を図1に示します。ハゼノキでは、他に比べ小葉が細長く、葉軸が無毛なのが特徴だそうで、それは私も確認しました。では他の仲間はどうでしょうか。私たちは子供の頃からウルシとなれば敬遠して側へも寄らず、最近になっても写真も撮っていません。したがって比べようとすれば図鑑に頼るしかないのです。でもウルシの仲間の紅葉は実に美しく、これからはもっと写真を撮りたいと思っています。もう少し勉強して、少なくとも「かぶれやすい」種類だけは区別できるようにしておこうと考えています。

図1 複葉では葉軸より対生する小葉が羽のように広がり、全体を一枚の葉とみなします。葉軸の先端に頂小葉のあるものを奇数羽状複葉、無いものを偶数羽状複葉と言います。

ハゼノキの奇数羽状複葉

道端で紅葉する小さなハゼノキ。 真っ直ぐ伸びる道はどこまで続くのでしょうか。


黄葉の中で点在するハゼノキの紅葉


晩秋になりますと、茶褐色の背景の中にハゼノキの紅葉が浮かび上がります。

ハゼノキの実

 

狐の小判

 日本古来の和蝋燭の原料となる木蝋は、ハゼノキの実から作られます。野鳥がハゼノキの実を食べますと排泄物が地面に落ちます。種は消化されずに残り、雨などに洗われますと、小さな黄色の平べったい粒々になります。それを子供たちは「狐の小判」と呼び、100個集めたり、川へ流すと願い事が叶うと言って遊ぶ地方があるそうです(*)。
 一方の西洋蝋燭は、昔は昆虫や動物の油脂を、最近は石油などから精製したパラフィンを原料とします。

 

 両者の最大の違いは芯にあります。和蝋燭では、まず木や 竹の細い棒に和紙を巻き、その上にイグサの茎の髄を巻き付けて芯を作ります。その後、芯の周囲に熱して溶かした木蝋を繰り返し塗り重ねて、蝋燭としての形が整ったところで中心部の棒を抜きます。そうしますと芯は和紙とイグサで出来た筒のようになります。芯、すなわち筒の上端で燃える炎には、常に下方より空気が送り込まれ酸素が十分に供給されます。そのため炎は明るく大きくなり、完全燃焼して煤も少なくなります。それに対し西洋蝋燭は、蝋燭の型の中央に、綿と化学繊維で作った太い糸を垂らし、周囲にパラフィン溶液を流し込んで作成します。したがって芯の周囲はパラフィンで充満され、空気は炎の表面からしか供給されません。

図2 和洋の蝋燭の構造と断面

 

 

したがって冒頭の写真の解答は右のようになります。

 このように優れた特性を有する和蝋燭は、有名な「ロウソクの科学」(ファラディ著 竹内敬人訳 岩波書店)にも「私たちが開国をうながした、はるか遠い異国、日本からもたらされた物質」として紹介されています。本書は、イギリスの物理化学者、マイケル・ファラディ(1791-1867年)が1800年代中頃にロンドン王立学院で行った子供向けのクリスマス連続講義をまとめたものです。

 ゆらゆら燃える蝋燭の灯をじっと眺めていますと、なぜか懐かしい気持ちになって、このまま眠るように遠い不思議の世界へ引き込まれて行きそうな気がします。ことに和蝋燭の灯りは、炎が急に大きくなったり明るくなったり、風もないのに揺れて消えそうになったりして、時に不安定です。その不安定さを人間の寿命になぞらえた落語が「死神」です。明治時代に活躍した天才落語家、三遊亭圓朝の創作によるもので古典落語の名作です。多くの著名な噺家が演じていますので、聞かれた方も多いと思います。あらすじは次の通りです。

 明日の食べる物にも事欠く貧乏な男は、金策のために走り回りますが、ことごとく断られます。手ぶらで帰宅した男は女房に追い出され、自殺しようと考えます。そこへ死神が現れ次のように言います。「お前を助けてやる。死神の見える能力を与えてやるから医者になれ。長患いの病人のもとへ行き、死神が足元に座っていれば病人は助かる。枕元に座っていたら助からない。足元にいる場合には、この呪文を唱えれば死神は消え、病人はコロっと治る。」 

 家へ帰り早速医者の看板を掲げますと、すぐさま大店の番頭がやってきて主人を診て欲しいと言います。あちこちの名医に診て貰ったがすべて駄目で、わらにもすがる気持ちでやって来たとのことでした。そこで男が病に臥す主人のもとへ行きますと、足元に死神がいます。呪文を唱えますと死神はさっと消え、主人はみるみる元気になりました。男は感謝され高額の報酬を手にします。男は名医として評判になり、数多の患者を治して多額の報酬を得て贅沢三昧の暮らしをします。

 京大坂で豪遊して無一文となった男は、江戸へ戻りふたたび医者を始めますが、訪問する病人はみな枕元に死神がいて治すことができません。ついにヤブ医者と言われるようになり、再び貧乏になります。そんな折、大きな商家から声がかかりました。男が病床の主人を見ますと、ここでも枕元に死神がいます。家人に諦めるように話しますが、1か月でも延命して貰えたら、いくらでも謝礼を出すと言われます。大金に目の眩んだ男は一計を案じ、店の男衆4人を主人の布団の四隅に座らせます。死神が居眠りをした隙に、4人に合図して布団を回転させ、頭と足の位置を逆転します。そして呪文を唱えますと死神は消え去り、主人はみるみる回復しました。

 その帰り道、男は最初に会った死神に声をかけられます。「なんであんなことをしたんだ。お前は俺を裏切った。」と非難し、男を洞窟へ連れて行きます。そこには無数の蝋燭が灯っていて、その1本1本が人の寿命を示していると言います。男の蝋燭は、元々長くまだまだ生きられることになっていましたが、最後に助けた主人と入れ替わり、短く今にも消えそうです。男は驚いて何とか助けて欲しいと願いますと、死神は新しい蝋燭を取り出し「これに火を継ぐことができれば助かる」と言います。すると男は今にも消えそうな自分の蝋燭を持って火を移そうとしますが、焦って手が震え、うまくいきません。やがて「あぁ、消える」の一言を残して、噺家はその場に倒れ込みます。

 三遊亭圓朝(1839-1900年)は、幕末から明治時代にかけて活躍した落語家で、三遊派の総帥です。江戸落語を大成した中興の祖とも称され、尊敬の意を込めて「大圓朝」とも言われます。とにかく噺が上手で、その上手さは歴代の名人の中でも群を抜き、落語好きの夏目漱石も絶賛しています。また二葉亭四迷が小説を書く際に圓朝の口演を参考にするなど、明治言文一致運動にも大きな影響を及ぼしました。また新作落語の創作にも才能を発揮し、「塩原太助一代記」などの人情噺や、「牡丹燈籠」「真景累ヶ淵」などの怪談噺を得意とし、古典落語の名作と賞賛される数多の作品を残しています(現在では大正以降に作られた作品を新作落語として分類するそうです)。

三遊亭圓朝

 
 またモーパッサンの小説や「トスカ」など海外の文学作品を題材にした落語も創作し、落語「死神」は、グリム童話の「死神は名付け親」を原作としています。まさか落語とグリム童話が結び付くとは夢にも思いませんでした。
 グリム童話は、1800年代初めドイツのヤーコプヴィルヘルムのグリムのが祖国に伝わる昔話を収集して編纂したもので、創作によるところは少ないと言われます。「死神は名付け親」のあらすじも、落語「死神」とほとんど同じですが、次の2点が異なります。
1)12人の子沢山の貧乏な男に、13人目の子供が誕生し、その名付け親として死神が選ばれます。その理由が面白く、神は世の中に貧富の差を生じているから駄目、悪魔は人を不幸に陥れるから駄目、死神は誰にでも平等に死を与えるからということで選ばれました。
2)落語の「死神」では、死神が病人の足元にいれば生き返り、枕元にいれば死ぬことになっていますが、グリム童話では逆転しています。

夕暮れ時、夕陽に照らされたハゼノキの紅葉が、うす暗い中に怪しく光ります。

 圓朝は、渋沢栄一や徳川最後の将軍慶喜らとの親交も篤く、落語家として並外れた才能を発揮し、想像力豊かな文学者でもあり、稀代の文化人として一世を風靡した人でした。いつの世にも凄い人がいるものです。

 

 新型コロナ感染症も、5月からいよいよインフルエンザ並みの通常感染症になります。基礎疾患を有する高齢者を除き、死亡率、重症化率も低く、しかも症状も軽いのですから当然と言えば当然なのかも知れません。そこで気になるのは後遺症です。これさえなければ新型コロナ感染症もほんとうに怖くないのですが、残念ながら、かなりの人が後遺症で悩んでおられます。そこで今回は新型コロナ感染症の後遺症についてまとめてみます。


1)症状
:主な症状を図3に示します。特に問題となるのは、疲労感や倦怠感、集中力低下、記憶障害などで仕事ができず、それが1年以上続いて社会復帰できない人が少なからずいることです。また嗅覚や味覚障害も深刻な後遺症です。
2)頻度:新型コロナ感染者の10%前後の人が後遺症を残すと言われています。重症者に多いという報告もありますが、そうでないという報告もあります。 

図3「新型コロナ後遺症」の主な症状(2023年2月1日朝日新聞の記事より)

3)原因:次の2説が有力です。           
  a)体のどこかにウイルスまたはその断片が残っていて、後遺症を惹起しているという説。
  b)感染により免疫機能に異常を生じ、本来は自分を守るはずの免疫細胞が、自身の細胞を攻撃して後遺症を引き起こしているという  
説。いわゆる自己免疫疾患と同じ病態で、その代表的な疾患である膠原病は圧倒的に女性に多いのですが、新型コロナ後遺症も女性
に多く、両者には共通する因子が働いているのかも知れません。
4)治療:多くは、症状に合わせた対症療法となります。
5)予防:「ワクチン接種は後遺症の発症を抑制する」という報告が複数みられます。前号までに記しましたように、ワクチン接種は70歳以上の高齢者の死亡率を低下させることが明らかとなっています。感染しても重症化せず死亡まで至らないのですから、後遺症の発生が抑制されることは十分に考えられます。

 ところで新型コロナ感染症が5類感染症に移行すれば、どうされますか? 少なくとも70歳以上の高齢者の方は次のようにされることをお奨めします。
a)   ワクチン接種を必ずお続けください。ワクチンを接種してもコロナに罹りますが、症状は軽くて済みます。ちょうどインフルエンザ・ワクチンと同じです。
b)   新型コロナ感染が完全に収束するまでは、電車やバスあるいは人混みの中では、マスクを着用することをお奨めします。ちょうどインフルエンザ流行時と同じように・・・。

(*) ハゼノキの実と狐の小判の話は、堺市在住の植物に詳しい阪本貢氏よりご教示いただきました。興味深い話を有難うございました。心より御礼申し上げます。

                                                            令和53月6日                 

                   桑名市総合医療センター理事長 竹田  寛 (文、写真)       
                                  竹田 恭子(イラスト)

 

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