理事長の部屋

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12月:モミジバフウ(紅葉葉楓)

―楓という漢字を「かえで」と読むのは、いにしえ人の「おおまかな」心ー

紅や黄が美しく入り混じったモミジバフウの紅葉

 いよいよ今年も残りわずかとなりました。ほんとうに何から何までコロナ一辺倒の一年でした。私たち医療界におきましても、ただただコロナへの対応に追われるだけで他には何もできませんでした。終わってみればコロナしか残っていない、こんな年は今までにあったでしょうか。日本国民の、いや世界中の誰もがたいへんな一年でした。その新型コロナウイルス感染、年の瀬を迎えても拡大の勢いに歯止めがかかりません。1229日の時点で、国内における感染者数は累計22万人を超え、死者数も累計で3,300人を上回っています。ことに12月に入ってから死亡者が増え、11月の2倍以上になっているとのことです。Go to トラベルの一時中止、都市部における飲食店などの時短営業、忘年会などの会合を控えても一向に収まらない感染拡大、いったいどうなっていくのでしょうか。そこで日本の現状を、前号と同じようにアジアや欧米諸国と比較してみました。

 

 表1をご覧ください。各国における人口100万人当たりの感染者数、死亡者数、死亡者/感染者数(死亡率とします)です。上の表は、日本において第3波の感染拡大が顕著となった 11月下旬の1週間の数、下の表がそれから1か月経過した12月下旬の1週間における数字です。12月には日本でも韓国でも、感染者数、死亡者数、死亡率ともに増加して欧米諸国との差は縮まっています。特に死亡率に至っては、ほとんど変わらない数字となっています。 

表1)欧米5か国とアジア3か国における11月と12月のそれぞれ下旬1週間の感染者数、死亡者数、感染率の比較(札幌医大フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門のホームページより引用)

 

 ではどのぐらい縮まったのでしょうか。そこで11月末と12月末の感染者数、死亡者数、死亡率について、日本の値に対する欧米5か国の値の比を求め、下のグラフにしました。すなわちこの比が小さければ小さいほど日本との差が少ないことを意味します。

図1)日本の感染者数の欧米5か国の数に対する比(11月末と12月末1週間の比較)

 

 

まず感染者数ですが、イタリアをご覧ください。11月末には日本の30倍ほどもありましたが、12月末には10倍以下に縮小しています。イギリスを除き、他の国でも同じように縮小しています(図1)。

図2)日本の死亡者数の欧米5か国の数に対する比(11月末と12月末1週間の比較)

 

 

死亡者数も同様で、イタリアでは11月には日本の90倍もありましたが、12月末には20倍ほどに縮小しています。他の国でも軒並み低下し20倍以下となっています(図2)。

図3)日本の死亡率の欧米5か国の数に対する比(11月末と12月末1週間の比較)

 

 

同じく死亡率も低下し、イギリスやアメリカでは日本とほぼ同等のレベルにまでなっています(図3)。

 このように日本における新型コロナウイルス感染の状況は、だんだん欧米のレベルに近づきつつあります。さらにこの傾向が進みますと日本と欧米の差は消失し、日本人は集団免疫を獲得しているから感染し難く重症化することも少ないという仮説は成り立たなくなります。
 この如何ともし難い状況を打開し、新型コロナウイルス感染症を収束に向かわせるためには、ワクチンしかありません。そこで既に欧米では投与の開始されている新型コロナウイルスに対するワクチンについて概説致します。

 現在一般に使用されていますワクチンの種類を表2に示します。生ワクチンは、病原性を弱めてはありますが病原体そのものを投与しますので、自然に近い状態で免疫が作られます。一方インフルエンザなどの不活化ワクチンは、病原体の一部だけを投与しますので生ワクチンに比べ免疫産生能は低く、2回投与の必要な場合があります。

表2)一般に用いられているワクチンの種類

 今回の新型コロナウイルスに対するワクチンは、従来のものとはまったく異なり、新しい遺伝子工学的な手法で作られます。例えば、既に欧米で投与の開始されているファイザー社やモデルナ社のワクチンは、新型コロナウイルスの表面にあるスパイク状突起のたんぱく質の遺伝情報を持ったmRNA(メッセンジャーRNA)を投与します。投与を受けた人の体内では、細胞内でmRNAの情報を基に抗原となる蛋白が産生され、それを自身の免疫細胞が認識することにより、免疫能が作り出されます。ただし不活化ワクチンと同じように1回投与による免疫産生能は弱く、2回投与が必要となります。他にもDNAやウイルスベクターなど様々な遺伝子関連物質を利用してウイルスの遺伝情報を体内へ導入するワクチンも、国内外で研究開発されています。

紅葉真っ盛りのモミジバフウ並木

 ファイザー社のワクチンの臨床試験では、2回目の接種から7日後以降で新型コロナウイルスの予防効果は95%に上ったそうです。気になる副作用ですが、注射部位の疼痛、倦怠感、頭痛などが多く、通常12日で消失したとのことです。実際にワクチンの投与が開始されて1か月近く経過しました。当初重篤な合併症であるアナフィラキシーショック起こした接種者が数人報告されましたが、その後大々的に発生したという報道はされていません。通常のワクチンでも何らかの副作用は発生するもので、コロナワクチンに限り副作用が多いということはないようです。日本では、2月末頃より医療関係者、高齢者、持病を有する人などから順に投与が開始されるそうです。私は順番が回って来ましたら、迷わず受けます。この状況から脱して元の生活に戻るためには、ワクチンしかないのですから。

 

  さて大晦日の朝は雪景色となりました。今月の中旬には、北日本から西日本の日本海側に大寒波が到来し、関越自動車道では大雪により2,000台以上の車が2日から3日間も立ち往生するという災害が発生しました。年末年始にはそれ以上の寒波がやって来るとの予報でしたが、見事に的中しました。例年、三重県では、桑名、四日市、鈴鹿などの北勢地方では年末から1月から2月頃に降雪を見ることが多いのに対し、津、松阪、伊勢市などの中南勢地方では3月頃に雪の降ることが多いのです。したがって津で大晦日に雪を見るのは何年ぶりのことでしょう。戸外の雪景色を眺めながら紅葉の話とはいささか時季外れですが、今月は晩秋を紅く彩るモミジバフウ(紅葉葉楓)です。

表3)フウ属とカエデ属の樹木

  モミジバフウは、イチョウ、ユリノキ、ハナミズキなどと並んで紅葉の美しい街路樹として人気があり、私の街にも公園や街路に沿って多数植えられています。モミジとありますので、モミジの仲間、すなわちカエデ(楓)科の植物かと思いますが、カエデ科ではなくフウ(楓)科(旧マンサク科)フウ属の仲間です。日本でよく見掛けるフウ属の街路樹には、タイワンフウとモミジバフウとがあります。タイワンフウは台湾や中国、ベトナムが原産ですが、モミジバフウは、北米、南米を原産としますのでアメリカフウとも呼ばれます。モミジバフウは、葉の形が5つから7つに切れていて、日本のモミジの形に似ているために、この名が付きました。一方日本のモミジ(紅葉)ですが、私たちは、イロハモミジやヤマモミジなど葉が5つに分かれて紅葉する植物を総称してモミジと呼び、それ以外のものをカエデと呼んで区別しています。しかし植物学上モミジと云う学名はないそうで、すべてムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の植物です。カナダの国旗に描かれシロップとして有名なメープル(サトウカエデ)も同じ仲間です。

モミジバフウの葉(切れ込み5)

 

モミジバフウの葉(切れ込み7)

タイワンフウの葉

 

サトウカエデの葉

モミジバフウの実

表面の突起が特徴です。

枯葉の季節になると 実は黒くなります。 冬芽も出ています。

 

 

 

 

 さて「楓」という漢字、音読みでは「フウ」と読んでフウ属の植物を指しますが、訓読みは「かえで」でカエデ属の異なった植物となります。通常、漢字は音読みと訓読みで発音は違っても意味は同じなのですが、どうして違ったものになったのでしょうか。
 漢字は言うまでもなく中国で作られた文字で、それが日本に伝わり中国での発音に準じて音読みが行われるようになりました。音読みは、伝わった年代により呉音、漢音、唐音などに分かれます。また日本で造られた漢字(文字)もあり、これを国字と云います。いわば和製漢字というべきもので、例えば山と上、下の漢字を組み合わせて峠(とうげ)と読ませるように、漢字や漢字の「へん」や「つくり」を組み合わせて意味を持たせるようにした文字です。他に凩(こがらし)、や凪(なぎ)など、よく使われるもので150種ほどあるそうです。そこで楓と云う字、木へんに風ですから如何にも国字のようにも見えますが、れっきとした漢字で中国の樹木「フウ」を指し、音読みは呉音ではフウ、漢音ではホウと発音します。
 一方の訓読みは、漢字にその意味に相当する大和言葉(和語)を当てはめた読み方ですので、音読みと訓読みで発音が違っても意味は同じになります。ところが漢字の訓読みが、その漢字の持つ意味とずれていたり、まったく異なったりする場合があり、これを国訓と云います。数多ある国訓を拾い集め体系化した中国学者、高橋忠彦氏1)によりますと、楓という漢字を「かえで」と読むのは国訓で、その体系の中では、「漢字の字義にある程度近い日本語を、おおまかに対応させたもの」に分類されるそうです。一説には、古代律令時代、当時の知識人たちが中国の文献で「楓」という漢字を見つけた時、美しいカエデの葉を意味していると間違って(おおまかに)解釈し、「かえで」と読まれるようになったと云われます(「感じて、漢字の世界」【漢字トリビア】「楓」の成り立ち物語 Tokyo FM 2017217日放送)。この「おおまかに」というところがポイントで、例えば嵐という漢字は、元来「山のもや」の意味ですが、訓は「あらし」と読んで暴風雨となり、まったく異なった意味になります。
 古代の人たちが楓(フウ)という漢字を「かえで」と誤解して読んだために、音訓で意味が異なるようになった訳で、云えば訓読みの例外を作ったことになるのでしょうか。しかし仮に国訓が(誤解による)例外から始まったとしても、現在たくさんの数が存在するということは、それぞれの国訓の読み方が長い時間をかけて定着し、新たな言語の体系が形成されたということになります。私たちの社会には、言語に限らず例外から始まったものも多いように思われます。

日本の紅葉(イロハモミジ) 少し趣が異なります

 紅葉の美しい様をたとえて錦繍と云いますが、現代を代表する作家、宮本輝氏の名作に「錦繡」があります。昔読んでひどく感動したのですが、内容をすっかり忘れていましたので、この正月に読み直しました。若くして離婚した夫婦、靖明と亜紀は、10年後偶然蔵王のゴンドラ・リフトの中で再開し、その後お互い手紙を交わして、それぞれの離婚に至るまでの経緯や離婚後の生活、心情を綴るもので、書簡体小説の傑作です。今回読み直してみて、さすが宮本文学、簡潔な文章で淡々と綴られる物語は、流れるように進行し、時に思いがけない方向へ展開します。そのため読者はどんどん小説に引きこまれ、一度読み出したら止められなくなってしまいます。
 宮本氏は、1947(昭和22)年、神戸市に生れ、広告代理店勤務などを経て文筆活動に専念し、1977年「泥の河」で太宰治賞、翌年「螢川」で芥川賞を受賞します。その後も精力的に執筆活動を続け、「流転の海」「優駿」(吉川英治文学賞)「約束の冬」(芸術選奨文部科学大臣賞)「骸骨ビルの庭」(司馬遼太郎賞)など数多の名作を世に送り出しています。私は30代の頃に夢中になって氏の小説を読みました。特に初期の作品、「泥の河」「螢川」「道頓堀川」の三部作をはじめ「青が散る」などの青春文学、さらに「錦繡」「夢見通りの人々」「優駿」「花の降る午後」などが好きでした。そこには簡潔な文章で、青春あるいは人生の挫折と希望、人間の生と死、人間の業と宿命が淡々と綴られています。その飾り気のない、気取らない文学の虜になっていました。
 もう一度「錦繡」に戻ります。夫の靖明は、亜紀の父が社長を務める建設会社の跡取りとなることを約束されていましたが、中学時代の同級生との不倫が発覚し離婚に追い込まれます。一人になった靖明はいろいろな事業に手を出しますが、ことごとく失敗し借金のために逃亡生活を続け心も荒んでいきます。でも最後には、同棲する女性と一緒に小さな事業を始め、もう一度やり直そうと動き出します。一方の亜紀は父親に勧められて再婚しますが、障害を持つ子供が生まれ、しかも新しい夫をどうして愛することができず苦悩します。でも最後には再度離婚を選び、少しずつ成長を続ける我が子を見て、立派に育て上げようと決意します。二人とも与えられた宿命に苦しみながらも、最後には一縷の希望を抱いて生きて行こうとします。暗いまま終わる小説は、読み終わって辛いものがありますが、結末に希望の火が灯る、いわゆる出口ありの小説は、読後に人間愛を感じ心温かくなります。宮本文学の得意とするところで、そこに私たちはやさしさを感じます。亜紀の言葉を引用して終わります。

「生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれへん。そんな大きな不思議なものをモーツアルトの優しい音楽が表現してるような気がしましたの」

モミジバフウの紅葉の光と影

文献

1)高橋忠彦:国訓の構造:漢字の日本語用法について(上).東京学芸大学紀要 第2部門、人文科学 51:313-325,2000. 
  
                               令和318
               桑名市総合医療センター理事長 竹田   寛 (文、写真)
                              竹田 恭子(イラスト)

 

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