理事長の部屋

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7月:半夏生(はんげしょう)

―ほんとうの名前は半化粧ですか?―

半夏生の垂れる花穂をやさしく見守る白い葉

 今年の夏はたいへんでした。異常に早い梅雨明けの後、猛暑と北日本や北陸地方を中心とした大雨、東海地方でも天候が安定せず、例年のように真夏の太陽がジリジリ照りつける夏らしい日があまり続きませんでした。異常な早さに驚いた梅雨明けも、9月1日気象庁は確定値を発表し、東海地方でも627日から7月23日に改められるなど、各地で1か月ほど遅くなり、例年並みとなりました。そんな中、新型コロナ感染は第7波を迎えましたが、久々の行動制限のない夏休み、どのように過ごされましたでしょうか。

 さて7月の花は半夏生です。私は昔からこの名前に妙に惹かれました。まずその名前の ロマンチックな響きです。古くからの言い伝えに由来するようであり、何となく物憂げな佳人のようでもあり、日陰で静かに佇む本草には、何か謎めいたものが隠されているのでは・・・、と想像をめぐらしたものでした。もう一つは夏になると葉が白くなること、なぜ白くなるのか、これが不思議でした。そこで前々から半夏生をじっくり観察したいと思っていたのですが、地域によっては絶滅危惧種に指定されるような希少植物ですから、なかなかお目にかかれません。それでも今年は何とか・・・と思いネットで調べますと、奈良県宇陀郡の御杖村では、村あげて半夏生を保護し育成しているとありました。しかも7月いっぱいが見頃となっています。御杖村は奈良県と三重県の県境にあり、私の生まれた三重県美杉村と接しています。遠方でもなく地の利もありますので、いそいそと二度訪ねました。村へ入りますと、あちこちに半夏生の群生が見られ、村興しの一環として、住民上げて栽培に取り組んでいるようです。

日陰に群生する半夏生

 しかも道中、両側の林の道沿いに、もう一つ葉が白くなることで有名なマタタビの木が育っていて、ちょうど葉が白くなっていました。そこで今回は御杖村で撮影した半夏生とマタタビの写真を紹介致します。

御杖村で最も大きな半夏生の群生地、岡田の谷の半夏生園

 半夏生は、ドクダミ科ハンゲショウ属に分類される多年草で、葉の表だけが白くなりますのでカタシログサ(片白草)とも呼ばれます。ドクダミと同じように、花には花弁や萼はありません。ここで双方の花を比較してみます。 
 まずドクダミの花ですが、4枚の白い花弁のように見えるものは、蕾を包んでいた袋(総苞)が4枚に分割されたもので総苞片と言います。

 

ドクダミの総苞の分裂過程

 ドクダミの花は、3本の「おしべ」と柱頭の3裂した「めしべ」1本から成り、それらが密集して花穂を形成します。

ドクダミの花穂と花

 一方、半夏生の花は、柱頭の4裂した「めしべ」1本と、6本の「おしべ」、さらに未発達の苞葉1枚から成ります。ただそれぞれの花が、ドクダミのようにひしめき合うことはなく、離れて花序を形成しますので、一個一個の花を同定することは容易です。

半夏生の花穂と花

 

 

 1個の花序が成長するにしたがい対生する葉が白くなります(赤矢印)。半夏生の花は小さくて目立たないので、白い葉が虫をおびき寄せる役割をしているといわれます。
 その花と葉の間(葉脈でしょうか?)から、若葉にクルクル巻かれた新しいつぼみが芽生えています(青矢印)。この若葉が苞葉で白くなるのですが、ドクダミの白い総苞と同じようにつぼみを保護しています。ということは、半夏生には花に付着する未発達の苞葉と、つぼみを包む苞葉の2枚あるのでしょうか。

 
 半夏生の群の中で、小さな花と相対する白い葉の組み合わせをアルファベットの小文字と大文字で示しました(写真左)。確かにAからDまで対応していますが、Dの組み合わせのように、早くに生育した花では対応する葉は白くなりません。

半夏生の花穂と白い葉の組み合わせ

 花後、葉は緑に戻りますが、時間がかかり長い間白っぽさが残ります。

 
 一方、猫の大好物、マタタビも葉が白くなることで有名です。マタタビ科マタタビ属の  ツル性植物で、日本、中国、朝鮮半島、樺太などに広く分布します。山里の林の縁(林縁)や渓谷の急傾斜地などで見かけます。昔、旅人がこの実を食べると元気になって「また旅ができる」ということから、この名が付いたといわれます。また猫が食べますと酔っぱらったように上機嫌になり、活発に動き回ります。猫の機嫌を取るためにでしょうか、果実を加工した猫用ペットフードも売られています。マタタビの花は6から7月頃に葉影に隠れるように咲きますが、その近くの葉が白くなりますので、半夏生と同じように目立たない花の代わりに虫をおびき寄せる役割をしているといわれます。

たくさんの葉が白くなったマタタビの木


葉の付いたツルが何本も垂れ下がるように育ちます。


マタタビの葉陰でひっそり咲く花(散った後)と 果実。直下に白い葉があります。

 さて、半夏生とマタタビの葉の白い部分はどのような構造になっているのでしょうか。 当センター副理事長で、元三重大学医学部病理学教授の白石泰三先生に、葉の白と緑色の部分の組織標本を作っていただきました。

葉の断面の模式図

 標本へ入る前に、まず左図にて葉の正常構造を確認しておきます。葉の表(上面)には平坦な表皮細胞が整列し、その下に細長い形をした柵状組織細胞が並んで柵状組織を形成します。さらにその下、葉の裏側には、複雑な形をした海綿状組織細胞が入り組むようになって海綿状組織を形成し、裏面の表皮細胞に至ります。柵状組織細胞と海綿状組織細胞に葉緑体が蓄えられます。

 それでは組織標本を見てみましょう。半夏生もマタタビも緑色部では、ほぼ正常の構造になっていますが、白色部では次の2点で異なります。

1)表側の表皮細胞の形が「いびつ」となり、凹凸が激しくなっています。このため光の乱反射が起こり、白く見える要因の一つになっていると考えられます。
2)柵状組織細胞がほとんど見られません。そのため葉の表面側では葉緑体が減少し白色に見えるのかも知れません。

半夏生とマタタビの葉の白色部と緑色部の組織構造

 しかし、上記の説は、植物学にまったく素人の私の個人的な見解であり、真偽のほどは定かでありません。今後、染色法や解析方法などについて、白石先生とも相談し、植物学の専門家にもご意見をお聞きして、さらに検討を進めていきたいと考えています。とりあえず今回は第一報ということでご容赦ください。なお標本に使いましたマタタビの葉は、友人の福廣勝介君に提供していただきました。白石先生、福廣君に深謝申し上げます。

 さて半夏生は、暦の上で七十二候および雑節の一つとあります。私は暦に関し不案内でしたので、今回勉強しました。表1をご覧ください。まず1年を春夏秋冬の四季に分けます。次にそれぞれの季節を6つずつに分けて二十四節気となります。ここに春分や夏至、秋分、冬至など今もよく使われる季節の日が登場します。さらに各節気を3つずつに分けて七十二候となります。表には夏至の3候だけを記してありますが、半夏生は「半夏生ず」で3番目です。一つの候は5日ですので、半夏生は夏至より数えて11日目からの5日間に相当します。

表1 二十四節気、七十二候の成り立ち

 一方、暦には別に、五節句や雑節と呼ばれる特別な暦日があります。五節句とは、17日、33日、55日(端午)、77日(七夕)、99日(重陽)で、ひな祭り、子供の日、七夕として現在も広く親しまれています。
 それに対し雑節とは、中国伝来の二十四節気などの暦では、日本特有の季節変化に十分に対応できないため、中国暦を補う形で考案された日本独自の暦です。節分、彼岸、八十八夜、入梅、土用、二百十日など私たちに馴染みの深い季節日が9日あり、半夏生も含まれます。特に農民が一年の農作業のスケジュールを立てるための目安として利用しました。したがって半夏生は七十二候にも雑節にも登場することになります。
 七十二候は、1年を5日ごとに区切って季節の微妙な変化を簡潔に表現したもので、冒頭には漢詩が登場します。そこには、気候や植物、動物など四季折々の変化や旬の食べ物なども著わされ、季節の微妙な変化を喜び、季節感を大切にする日本人にとって、生活に溶け込んだ歳時記のようなものだったのでしょう。

 前述のように、半夏生は「半夏生ず」という意味です。半夏とは、サトイモ科のカラスビシャク(烏柄杓)という植物のことであり、ちょうどこの頃に成長します。そこで七十二候では「半夏が生ずる」から「半夏生」となりました。
カラスビシャクは、仏炎苞と呼ばれる大きな苞が穂状の花を包み、その開口部から花穂より伸びる細長い突起が出ています。仏炎苞は水芭蕉やザゼンソウなどサトイモ科の植物によくみられます。         

カラスビシャク

 それでは植物の「半夏生」はどうでしょうか。七十二候の半夏生の頃に咲くから「半夏生」と呼ばれるようになったと言われます。他方、葉の表だけ、あるいは半分だけ白くなるため、元々「半化粧」と呼ばれていたものが、半夏生の時季に葉が白くなるから「半夏生」に変化したという説もあります。私には後者の方が自然のように思われますが、如何でしょうか。
 現在では、半夏生は太陽が黄経100度(夏至は黄経90度)を通過する日と決められ、例年7月2日頃となります。昔からこの日には天から毒が下りるので、「井戸に蓋をする」「野菜を食べない」などの言い伝えがあり、この日までに田植えなどを終えることにしていました。三重県の志摩や熊野地方では、ハンゲと呼ばれる妖怪が田畑を徘徊するので、それを恐れて農作業を休みにしていたそうです。またこの頃旬を迎える蛸(関西)や、焼き鯖(福井)を食べたそうです。梅雨も終わり田植も一段落して、農家の人々にとっては束の間の休息、来るべき夏から秋へかけての繁忙期に備え、骨休めの貴重な5日間だったことでしょう。

山間の村に群生する半夏生。陽に照らされて白く輝きます。


水辺がよく似合う半夏生


青い草叢の中で涼しげな半夏生

 

 さてコロナの話題です。三重県における新型コロナ感染第7波(7月~8月)の感染者数、重症者数、死亡者数が発表になりましたので、第6波(5月~8月)と比較した結果を表2に示します。年代別の一覧を示したものですが、第7波でも第6波と同じように、重症者数は少ないのに対し、死亡者数はその10倍以上に達しています。通常、重症化した人のうちから死亡に至る人が出てきますので、重症者数は死亡者数より多いのですが、逆転しています。ここでいう重症者とは、コロナ感染により肺炎を起こして人工呼吸器やECMOなどを装着したり、集中治療室で治療された患者を指します。ということは、第7波では第6波と同じように、肺炎が重症化して亡くなった患者は少なく、それ以外の原因で死亡した方が多いということになり、特に第7波ではその傾向が顕著になっています。

表2 三重県における新型コロナ感染第7波の感染状況(第6波との比較)

 その他の原因とは、心臓病や腎臓病、糖尿病などの基礎疾患の悪化によるもので、しかも70代以上の高齢者が90%近くを占めています。今後新しい変異株が現れたと しても、この傾向は変わらないと想定されます。したがってこれからのコロナ対策は、この70歳以上の高齢者死亡を如何に減らすかということに重点が置かれます。そのためには、死亡者の死因や死亡へ至るまでの経過、どのような治療が行われ、亡くなられたのは病院か自宅か、などに関し詳細に検討し、適切な対策を立てることが急務であります。この数さえ減れば新型コロナ感染による死亡者数は激減し、インフルエンザ並みの感染症として扱えるようになるかも知れません。
 今、コロナ患者の全数把握が見直されようとしています。入力に手間のかかった新型コロナ感染者の情報管理システム(HER-SYS)ですが、今後は高齢者や重症化リスクの高い患者では従来通り全項目を、若年者や重症化リスクの低い軽症患者では名前や住所など必要最小限の情報だけを入力することになります。これにより医療機関や保健所の負担は大幅に軽減され、より多くの時間をコロナ診療に費やすことができます。しかも感染者の総数は把握できますので、今後新たな変異株が現れても適切な対策を講じるために役立ちます。一日も早くコロナ死亡がゼロとなり、元の明るい生活に戻ることを願って止みません。 

                                                                                         令和49月                

          桑名市総合医療センター理事長 竹田  寛 (文、写真)   
                                                                                           竹田 恭子(イラスト)

 

 

 

 

 

 

       

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