理事長の部屋

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11月 オキザリス

    -どこかで見たような・・・いつか聴いたような・・・-
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 今年は残暑が厳しくなかったせいか夏から秋への移行が早く、気が付けばいつの間にか秋が深まっていた、そんな感じがします。高く澄んだ青い空には、白いすじ雲が幾筋にも並んで長い尾を引き、桃や白や赤のコスモスの花が風に揺れます。葉がすっかり落ちて枝が剥き出しになった柿の木には、黄色い実がたわわに実り夕陽を浴びて赤く輝いています。住宅地を歩いていますと、どこからとなく金木犀(きんもくせい)の甘い香りが漂ってきて、ふと振り返り足を停めてしまいます。スーパーでは、今年は少し安いのでしょうか、松茸が誇らしげに並べられています。早くも出回り始めた青切りみかんの、台風一過の秋風のような爽やかな香りに、足早に忍び寄る次の季節の気配を感じます。そんな秋の最中、今月の花は金木犀にしようかなと思って探し回っていましたら、郊外を流れる小川の堤に、桃色の小さな花の集落を見つけました。
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何の花かな?と思って近寄ってみますとオキザリスです。濃い桃色の小さな花が所狭しと群れになって咲いています。オキザリスは見るからに春の花のようですが、今頃咲くのですね。暖かい秋の陽射しを浴びて嬉しそうに咲いています。
 オキザリスはカタバミ科に属し、日本で広く自生する雑草「かたばみ」の仲間です。世界に800種以上あると云われ、多くは園芸種ですが花の形や色から葉の形まで多種多様で、とても同じ仲間と思えないほど姿の異なるものもあります。写真は、オキザリス・ボーウィーと呼ばれる最も一般的な品種で、南アフリカのケープ地方を原産とし江戸時代末に日本に渡来しました。

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日本名をハナカタバミとも呼ぶ園芸種ですが、現在は野生化して庭や道端に自生し、夏から秋にかけて美しい桃色の花を咲かせます。花の大きさは2~3cmで、縦縞のストライプを持つ濃い桃色の5枚の花弁から成ります。花の中央部は黄色で、その中にさらに鮮やかな黄色をした葯が浮かび上がります。長い軸の先端から360度方向へ伸びた何本かの花柄の先に花が咲きます。葉は三つ葉のクローバーにそっくりで、3枚の丸みを帯びたハート型の葉が、中央部で付着しています。

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いっせいに凋んでいるオキザリスの花

 この花は朝開き夜になると凋むのですが、面白いのは、少しでも陽が傾き始めますといち早く凋むことです。午後も遅くなり陽の光に黄味が増して来ますと、大勢の花がいっせいにサッーと凋んでしまいます。まだ陽は十分明るいのに、惜しげもなく凋んでしまうのです。見事に統一された団体行動です。夕方早く凋むなら朝は早いのかなと思い、翌朝観察しました。

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 夜明けからずいぶん時間が経ち、朝陽もすっかり高くなっています。子供達の学校は始まり、通勤時間もとっくに終わっています。それでもオキザリスの花は開きません。朝寝坊なのです。午前10時近くになってようやく花を開き、穏やかな陽の光を浴びながら愛くるしく微笑んでいます。少しも悪びれたところはありません。朝出勤は遅いのに夕方帰宅は早い、そのくせひょうきんな性格は憎めない、どこの職場にもいそうな愛らしい花です。

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 一方「かたばみ」は、野原や庭、鉢植えの土など、どこででも見かける小さな雑草です。抜いても抜いても生えて来る繁殖力旺盛な雑草で、アスファルト道路の小さな裂け目などにもしぶとく生えているのをよく見かけます。漢字では「酢漿草」と書きますが、これはシュウ酸を含む葉や茎を噛むと酸っぱいためです。あるいは「片喰」とも書きます。オキザリスと同じようなハート型の3枚の葉を持ち、大きさ5mm前後の小さな黄色の花を咲かせます。花弁は5枚で、中央部には黄色い「おしべ」がみられます。

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「かたばみ」の花に小さな蜂のような虫が訪ねて来ました

 「かたばみ」は、どこにでも生えているありふれた雑草ですが、デザイン性に富んだ葉の形状は古くから人気があり、平安時代や鎌倉時代には車や輿の文様として用いられました。江戸時代には、繁殖力の強い「かたばみ」は子孫繁栄に繋がるとして、武家や商家などの家紋に用いられました。日本十大紋の一つに数えられ、桐紋についで広く愛用されたそうです。武家ならばもっと大きく豪華な花を素材にしてデザインすれば良いと思うのですが、面白いものですね。そのためか武家を強調するために、「かたばみ」に剣を付けた「剣片喰紋」も作られています。
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 さて今月は音楽の話題です。話が少し長くなりそうですので小見しをつけます。
チャイコフスキーの「トロイカ」
 
オキザリスの花の写真を撮るために、車にカメラや三脚を積んで郊外へ向かって走っていた時です。目的地に着いて降りようとしましたら、ラジオから美しいピアノ曲が流れて来ました。親しみ易い旋律で、直ぐにどこかで聞いたような曲だなと思いました。曲名は分かりませんでしたが、アナウンサーの「チャイコフスキー」「トロイカ」という言葉が微かに耳に残っていましたので、家へ帰ってネットで調べてみますと、チャイコフスキー作曲、ピアノ曲集「四季」の中の「11月:トロイカ」という曲でした。そのやさしく親しみやすいメロディは確かにどこかで聞いたような気がしました。妻も同じように感じました。確かに聞いたことがある、どこで聞いたのだろうか、コンサート?映画かドラマのBGM?あるいはテレビのCM? しかし思い出せません。あれこれ考えてみても、手掛かりになるようなものは何も浮かんで来ませんでした。そのうちに「本当に聞いたことがあるのだろうか?」と疑問を持つようになりました。チャイコフスキーが「四季」という題名のピアノ曲集を作曲していたことも知りませんでした。聞いたような気がするだけで、ほんとうは聞いていなかったのではないか、と思うようになったのです。
既視感と既聴感 
 「既視感(きしかん)」という言葉があります。実際には体験したことがないのに、既にどこかで経験したように感じることです。例えば旅行で初めて訪れた場所なのに、そこの風景を目の当たりにした時、以前にも見たことがあるように感じることです。同じような体験された方も少なくないと思います。フランス語で「デジャヴ」と云い、大脳の生理や病理に関連すると考えられ、臨床心理学や精神医学分野でよく使われます。その反対語は未視感(ジャメヴ)で、いつも見慣れているものや風景が、ある日突然初めて見るように感じることを意味します。

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 同じ現象が音楽の世界でも起こるのではないか、と云うことで「既聴感(きちょうかん)」という言葉もあります。初めて聞く曲なのに、以前にも聞いたような気がすると感じることです。もちろん音楽の世界では、以前に作られた曲の旋律やリズムを一部取り入れて新しい曲を作ると云うことはよく行われます。挿入された旋律が私達にとって馴染み深いものであれば、即座に「聞いたことがある」と感じ元の曲を思い出せることもあるでしょう。たとえ思い出せなくても、かなりの確信を持って「聞いたことがある」と云えると思います。それならば「トロイカ」には他の曲の旋律が使われているのでしょうか。いろいろな解説書を読んでみても、どこにもそのように書いてありません。チャイコフスキーが自ら作曲したオリジナルな旋律なのです。私にとって「トロイカ」のメロディは聴いたような気がしますが、あくまでも気がするだけで、それ以上は思い出せないのです。既聴感なのかな?と思うようになりました。

ヨナ抜き5音音階
 そこでもう一度じっくり解説書を読み直してみました。チャイコフスキーはある雑誌社からの依頼を受けて、毎月ロシアの四季折々の美しい情景をピアノ曲として発表し、それをまとめたのがピアノ曲集「四季」です。その11月号が「トロイカ」になるのですが、よく読んでみますと、この曲だけ「ペンタトニック」が使われていると書いてあります。「ペンタトニック」とは何でしょうか?調べますと「五音音階」のことです。西洋音楽は1オクターブが七音で構成されているのに対し、五音で構成される音階のことで、世界中いろいろの国で使われています。特に有名なのがスコットランド民謡やボヘミア民謡、日本や中国、インドの民謡、歌曲などです。

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日本の五音音階には幾つか種類がありますが、その中で最も一般的なのが「ヨナ抜き音階」です。この音階は、「ドレミファソラシ」の7音のうち4音の「ファ」と7音の「シ」が抜けたものです。明治時代に西洋音楽が伝わって来た時、7音を「ヒィ、フ、ミ、、イツ、ムウ、ナ」と名付けたそうですが、その「ヨ」と「ナ」の音が抜けているため「ヨナ抜き音階」と呼ばれるようになりました。雅楽の呂音階をはじめ、日本古来の民謡や童(わらべ)歌、明治以降に創られた唱歌や童謡、現在の歌謡曲や演歌など数多くの曲が、ヨナ抜き音階で作曲されています。私達に馴染み深い「蛍の光」や「故郷の空」などのスコットランド民謡、世界中にヒットした坂本九の「上を向いて歩こう」、谷村新司の「昴(すばる)」、千昌夫の「北国の春」などの国民的愛唱歌もこの音階で書かれています。「ヨナ抜き音階」で作られた曲を聞きますと、とりわけ私達日本人にとっては、旋律は親しみやすくて覚えやすく、何か懐かしいものを感じると云われます。
ドボルザークとチャイコフスキー
 クラシック音楽の世界でも、ドボルザークやムソルグスキー、ドビッシーなど近代以降の多くの作曲家が五音音階を用いています。日本でも人気の高いアントニン・ドボルザーク(1841-1904年)は、チェコで音楽家として名声を得た後、51歳の時にアメリカに渡り3年間過ごします。そこでアメリカ三部作として有名な「交響曲・新世界」「弦楽四重奏曲第12番・アメリカ」、チェロ協奏曲」を作曲するのですが、随所に黒人霊歌やボヘミア民謡、ジプシー音楽などを元にした五音音階の美しい旋律を散りばめています。誰もが知っている「新世界」の中の「家路」は、その代表格でしょう。ドボルザークはチェコへの郷愁を込めてこれらの旋律を書いたそうですが、ヨナ抜き音階に近い五音音階の美しいメロディは、日本人にとって、さらに郷愁が募るのではないでしょうか。ピヨートル・チャイコフスキー(1840-1893年)の音楽にも、しばしば五音音階による旋律が登場しますが、ロシアの自然音楽を元に書かれた「トロイカ」は、その中の最も有名な曲の一つです。ドボルザークにしろ、チャイコフスキーにしろ、日本で人気が高いのは、第一に旋律の美しいことにあります。
 二人とも稀代のメロディ・メーカーでした。その上に、それらの旋律がヨナ抜き音階に近い五音音階で構成されているため、日本人の心を強く打つものがあるのでしょう。
アンケート
 再び私の場合に戻ります。だんだん次のように思うようになってきました。 「トロイカ」を聞いた時、初めにメロディの美しさ、愛らしさに魅かれました。しかし題名は出て来ません。ただ五音音階で書かれているために懐かしいものを感じ、実際は聴いたことが無いのに聞いたことがあると錯覚したのではないでしょうか。
 そこで他の人達はどう感じるのか、アンケートをお願いすることにしました。対象は、桑名市総合医療センターと三重大学病院の職員の皆様方および私どもの友人らで、実際に「トロイカ」の曲を聞いていただき、次の設問に答えて貰いました。
  (1)  以前より知っていた
    (2)      聞いたことはあるが、曲名は知らなかった
      (3)      聞いたこともあるような気がするが、はっきり分からない
      (4)      初めて聞いた
「聞いたことはあるが、曲名は知らなかった」とお答えになられた方にお聞きします。どこで聞かれたか、覚えておられますか?
合計220名もの多数の方から回答をいただきました。ご多忙のところアンケートにお答えいただいたり、集計にご協力いただきまして有難うございました。心より御礼申し上げます。
   アンケートの結果を表に示しますが、(1)の「以前より知っていた」と回答された方は8人で、ほとんどがピアノを演奏したり習ったりしたことのある方でした。(2)の「聞いたことはあるが、曲名は知らなかった」と答えられた方は7人で、うち一人の男性は、「クラッシック音楽やジャズのかかっている喫茶店で聞いた」と明記されていました。153名(70%)の人が「初めて聞いた」と答えられ、男性も女性もほぼ同じ割合でした。

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注目されるのは、(3)の「聞いたこともあるような気がするが、はっきり分からない」と答えられた方が52名(24%)いたことです。この中には、以前に本当に聞いたことがあり、その美しいメロディが耳の奥に残っていたという方もみえるでしょう。あるいは私のように実際には聞いていないけれど、美しい親しみやすい旋律が五音音階で書かれているため懐かしさを感じ、聴いたことがあるように感じられた方もいるのではないでしょうか。この24%という割合が大きいのか、そうでないのかは、西洋の七音音階で作られた曲を対象にして同様のアンケートを行い比較しなければ分かりません。しかし約4人に1人の方がこのように返答されたということは、五音音階の持つ不思議な力を暗示しているのかも知れず、興味深いことです。
   そういえば今月の花「オキザリス」も、「トロイカ」の曲のように愛らしく、どこかで     見たことのあるような感じのする花ですね。
   さて病院の話題です。今月は、東医療センターの検査室をご紹介致します。ここでは、臨床検査技師15名と検査助手  3名が、検体検査部門(生化学、免疫、血液、凝固、一般、輸血、病理組織、細菌検査)と生理検査部門(心電図、肺機能、脳波、聴力、睡眠時無呼吸検査、各種超音波検査)に分かれて勤務しており、患者さんや病院スタッフから信頼され必要とされる検査室を目指しています。rijityou11-1● 検体および生体検査の件数は昨年度に比べ1.5倍に増加しており、それにつれ全体の業務量も増えているため、各業務の標準化と作業の効率化を推進しています。
● チーム医療にも積極的に参画し、感染対策、糖尿病療養指導、心臓・腎臓リハビリの各チームの一員として活動しています。また各科の臨床研究への協力、治験委員会への参画、当院在籍の研修医の研修や病棟業務支援(翌日予定されている検査の採血管を準備したり病棟の検体回収など)、健診センターにおける採血業務なども行っています。
● この8月より西、南医療センターに電子カルテが導入されました。それに伴い南医療センターの検体検査を全面的に引き受けて検査結果を電子カルテへ入力し、異常値や危険レベルにあることを警告するパニック値の迅速な報告に努めています。また西医療センターの検査室とは、検査システムや検査方法の統一を行いました。
●検査室より報告される検査結果は、何よりも正確でなければなりません。各医療機関における検査結果の正確性を客観的に評価するため、外部の専門機関による精度管理調査が行われていますが、それにも積極的に参加して高い評価を得ています。
● 各人の専門性を高めるために各種の資格取得に積極的に取り組み、多数の資格認定取得者が在籍しています。現在、糖尿病療法士1名、細胞検査士3名、超音波検査士5名、乳癌超音波検診実施者1名で、今後さらに増やしていく予定です。
 新病院完成後は、三センターの検査室は統合されて新しい検査室となります。現在その移行期にあり、なおいっそうの業務の効率化や機器の更新、チーム医療への参画などに積極的に取り組んでいます。今後は院内における臨床検査技師の業務のさらなる拡充を図ると同時に、時間や業務に対して「ゆとり」を創出し、スタッフ自らが考え行動できる環境を整えて、仕事にやりがいを持てる検査室を目指しています。
 とにかくチームワーク抜群の一団です。私は今まで、これほどまとまった診療部門をみたことがありません。皆さんそれぞれに個性的なのに協調性に富み、明るく陽気で心やさしい人ばかりです。皆で一緒にいただくお酒は、ほんとうに美味しく楽しいのです。新病院に向けてさらなる活躍を大いに期待しております。

桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛  (文、写真)
                      竹田 恭子(イラスト)

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