理事長の部屋

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10月:柳葉ルイラ草

―もの静かな青紫の花、いつのまにか不思議の世界へ・・・―

秋の穏やかな陽を浴びて静かに佇む柳葉ルイラ草

 この10月は、台風の上陸もなく、天気もとくに下旬は秋晴の日が多く、穏やかに経過しました。コロナも小康状態となり、Go To トラベル、Go To イートと、日本中のあちこちで少し活気が戻って来ました。私も下旬には恐る恐る群馬県へ出張しましたが、今年初めての木曽川越えでした。このままコロナが収束して元の生活に戻れば言うことないのですが・・・。
 ところが今、欧州ではたいへんなことになっています。新型コロナウイルス感染第2波の到来です。 下のグラフをご覧ください。欧州における新型コロナウイルス感染症の1週間あたりの新規感染者数と死者数の推移を示したものです。

 感染者数、死者数ともに9月頃より急増しています。ことに新規感染者数は、3月から4月にかけての第1波の頃に比べて5倍近くになっています。1日あたりの新規感染者数でみますと、フランスで45万人、ドイツでは2万人に迫る勢い、イタリアで3万人を超え、イギリスでも25千人前後で、いずれも過去最大となっています。 日本で最も多かったのは、第2波の頃の8月上旬で2千人ほどでしたから、それに比べますと桁違いに多いことが分かります。一方死者数は、今のところ第1波の頃の半数以下に留まっています。このままで推移しますと、日本と同じように感染者数が増えても死亡者は少なくなる、すなわち死亡率の低下する可能性があり、今後の動向が注目されます。

欧州における新型コロナウイルス感染症による1週間ごとの感染者数と死亡者数の推移(中日新聞2020年10月30日の記事より引用)

 感染者の増加を受けて欧州各国では、この11月より再び外出制限や飲食店や劇場の閉鎖など厳しい措置がとられることになり、活気を取り戻し始めていた経済や文化活動は再び大きな打撃を受けることになります。
 一方日本でもこの10月に入って新規感染者数は少しずつ増えています。とくに東京や大阪、愛知などの都市部や、北海道などで増え始め、国内の累計感染者数は10月29日にとうとう10万人を超えたそうです。欧州では驚くほど感染者が増えていますし、日本ではこれから冬を迎えてインフルエンザとの共存も懸念されます。私たちはどのように対処すべきでしょうか。マスクの着用、手洗いの励行、三密の回避は言うまでもありませんが、それでも熱が出たとしたら、どうすれば良いのでしょうか。そのような発熱患者さんに対応するために、新しい診療体制が11月から始まりましたので、後半ではそれについて概説致します。

 さて今月の花はヤナギバルイラソウ(柳葉ルイラ草)です。8月から10月頃、あちこちの住宅の庭先で、青紫の花が群れて咲いているのをよく見かけます。その「もの静かな」佇まいから、てっきり日本古来の在来種と思っていましたが、メキシコ原産で、アメリカへ移住し、戦後アメリカ軍が沖縄へ持ち込んだものが拡がったそうです。 シソの仲間で、キツネノマゴ科ルイラソウ属の小低木です。ルイラソウ属は世界に約250種があり、熱帯から温帯に広く分布します。柳葉ルイラ草は、葉が柳の葉のように細くて長いのでこの名が付きました。同じ仲間のムラサキルエリアは、花の形状は柳葉ルイラ草に非常に似ていますが、葉が幅広なので区別がつきます。
 

 柳葉ルイラ草の青紫の花は、朝開いて夕方には散ってしまう一日花です。花冠の基部は筒状となっており、上部は開大して5裂の深い切みがあって5枚の裂片に分かれます。裂片には和紙のようなしわしわの質感があり、日本情緒を感じさせます。「おしべ」や「めしべ」は非常に小さく、しかも花の基部奥深くにあるため、しばしば観察が困難です。

先端(柱頭)がヘラのように曲がった「めしべ」、右の写真は虫がやって来た 後で、柱頭には花粉が付着しています。

「おしべ」には円錐形のコーンのような葯がみられます。

つぼみは白い苞をかぶり、ソフトクリームのようです。

 柳葉ルイラ草は、キツネノマゴ科のルイラソウ属の植物ですが、同じキツネノマゴ科には、以前に本稿でも取り上げましたが、キツネノマゴ属のキツネノマゴやコエビソウがあります。これらの花の形と、柳葉ルイラ草の花の形は余りにも異なり、とても同じ仲間とは思えません。分類学上の細かな共通点があるのでしょうが、私たち素人には驚きです。

キツネノマゴ

キツネノマゴの花

コエビソウ

 

 ところで、下の2枚の写真をご覧ください。同じ柳葉ルイラ草の花を、ほぼ同じ角度で撮影したものですが、左の写真では花の中央部分が突出し、花を外側下方から見上げているように見えます。しかし花を支える萼もないし茎もありません。何とも不思議な像を呈しています。一方右の写真では、中央が窪んだ普通の花に見えます。両者の違いは、左の写真では光が花の背後より当たって背側の花弁(裂片)の基部まで明るく輝き、逆に前方の花弁は影となって暗くなっています。そのため本来は窪んで見える部分が前方へ突出しているように見えるのです。目の錯覚による現象で、これを錯視と呼びます。眼が慣れて来ますと、中央の窪んだ部分の背側から光の当たっている本来の姿が見えて来ます。たくさん撮影した柳葉ルイラ草の画像を見直していますと、同じような錯視を起こす花の多いことに気が付きました。柳葉ルイラ草の花は錯視を起こしやすいのです。

 
 それでは下の2枚の写真では、如何でしょうか。どのように見えますか?やはり花の中央部分が突出して見えませんか? 
下にある花のシェーマと比較してください。

(A)

(B)

 
 錯視とは視覚における錯覚で、目から入って来た視覚情報を脳で処理する過程で起こります。錯視にはたくさんの種類がありますが、そのうち最も知られているものを2つ示します。一つはミューラー・リヤー錯視、1889年ミューラー・リヤーが発表した錯覚で、同じ長さの線でも両端の矢印の向きを反対にしますと、線の長さが異なるように見えます。もう一つのツェルナー錯視は、平行に並べた横線に多数の斜線を入れますと、平行に見えなくなる錯覚です。

下の線の方が短く見えます

 

3本の横線は平行に見えません

 凹凸面の錯視として有名なものにクレーター錯視があります。月面のクレーターの写真をひっくり返したところ、凹んでいたクレーターが凸に見えたことより発見されたそうです。

 
 左上の写真で、左側のクレーターは凹んでいますが、右側のクレーターは突出しています。

 それでは、この写真を180度回転させてください。どのように見えますか?

クレーター錯視

 

 180度回転したのが左下の写真です。ひっくり返した訳ですから、凹んでいる方が右、出っ張っている方が左に来るはずです。しかし、まったく同じ画像です。これはどうしてでしょうか?

 その理由は次の通りです。クレーターの内部をよくご覧ください。左側では、上方が暗く下方が明るくなっています。一方右側のクレーターでは、上方が明るく下方が暗くなっています。私たちの視覚は、上部が明るく下部が暗い像を見ると出っ張っていると感じ、逆だと凹んで見えるのです。画像を180度回転させても、クレーター内部の上下の明暗の関係は回転前と同じになるため、このような現象が起こります。私たちの脳には、長い進化の過程で「光は上から当たるもの」と刷り込まれていて、上方が明るく下方が影となっているものを見れば突出していると感じるのだそうです。柳葉ルイラ草の花も、中心部の上方が明るくて下方が暗いために突出して見えるのでしょうか。このように錯視の研究は、私たちの視覚や脳の機能の隠されたメカニズムを解明する上で、きわめて重要なのです。
 絵画は二次元表現ですが、それを三次元に見せるためにも錯視が使われます。その代表的な手法が 遠近法で、遠くのものを小さく近くのものを大きく描くことによって画面に奥行を出します。また、 いわゆる「だまし絵」は、錯視を起こさせる画像を描くことにより不可思議世界を表現するものですが、それ以外にもいろいろな「だまし絵」があります。

 右の画像は、アメリカ人心理学者ジョセフ・ジャストロー(1863-1944)1892年に発表した有名な「だまし絵」です。この絵に描かれている動物は何ですか?アヒルですね。ほとんどの人がアヒルと答えると思います。でももう一匹、動物が隠されているのです。それは何でしょうか?見る方向を変えてよく見ますと、ウサギが見えて来ます。アヒルかウサギ、どちらの動物が先に見えるかによって、その人の心理状態が異なると云われます。また一方の動物を認識してから、他方の動物を見つけるまでの時間が短いほど、創造性が高いとも云われます。

 下の2枚の絵は、奇想天外なものを組み合わせて画像を構成する「寄せ絵」です。

ジュゼッペ・アルチンボルド  夏      ルーブル美術館蔵

 

 

 

 

 左の絵は、ルネッサンス期のイタリア人画家ジュゼッペ・アルチンボルド(1526-93)の描いた油彩画で、夏の果物や野菜を組み合わせて人物の顔を表現しています(ルーブル美術館のホームページよりダウンロードしました)。

 

 

 

 

 

 

 日本で「だまし絵」といえば、まず江戸時代の浮世絵師、歌川国芳(1797-1861年)が挙げられます。右の絵は、様々なポーズの裸体を複雑に組み合わせることにより、男の顔がユーモラスに描かれています。 

歌川国芳 みかけハこハゐがとんだいゝひとだ (みかけは恐いが、とんだいい人だ)

 

 さて、コロナの話に戻ります。もしあなたが発熱したらどうしますか?コロナかも知れないし、インフルエンザかも知れません。あるいは他の病気かも?コロナが怖いので、なるべく早くPCR検査を受けたいと思うのが当然です。今までは保健所へ相談し、コロナの疑いがあれば、保健所か地域の医師会の運営するPCRセンターにてPCR検査をし、陽性であれば、しかるべき病院や施設へ紹介されました。しかしPCR検査機器の不足や保健所などのマンパワー不足などが原因で、実施できるPCR検査数には限りがあり、十分に機能しているとは言えませんでした。また発熱した患者さんが、近くの診療所や病院を受診しようとしても、断わられることも少なくありませんでした。なぜなら普通の診療所や病院では、新型コロナウイルス感染に対する防御措置を講じておりませんので、万一コロナの患者さんを無防備で診察して院内感染を起こしたらとんでもないことになるからです。そのため「こんなに熱があるのに、診察もPCR検査もして貰えない!!」という不満が全国各地で起こりました。
 そこでその不満を解消し、これから急増する発熱患者に対応するために、この度新しく、「診療・検査医療機関」が設けられました。これは発熱した患者の診療や検査を行う医療機関のことで、各都道府県が指定します。三重県では408医療機関が指定されましたが、県内には約1,300の病院や診療所がありますので、約3割の医療機関に相当します。そこでもし私たちが発熱したら、どのように行動すべきか、下表にまとめてみました。

  1. まず、身近な診療所や病院の「かかりつけ医」などに、発熱に関する相談をしてください。医師が「診療・検査医療機関」への受診が必要と判断した場合には紹介されます。
  2. 相談する適当な医療機関がない場合には、保健所またはコールセンター内に設置されています「受診・相談センター」へご相談ください。ここでも必要となった場合には、最寄りの「診療・検査医療機関」を紹介して貰えます。
  3. 「診療・検査医療機関」には、自院で診療も検査も実施する施設もありますが、診療しか行わない施設もあります。その場合検査は保健所やPCRセンターなどへ依頼します。
  4. 「診療・検査医療機関」はこれからも増えていくと思われますが、今のところ病院名は非公表となっています。

 したがってこれからは、発熱患者に対しては、「診療・検査医療機関」が診療や検査を行い、そこへの受診の相談役になるのが、身近な診療所や病院の「かかりつけ医」などの医師です。今まで保健所に集中していた相談や検査業務を県内の医療機関で広く分担しようとするものです。今「かかりつけ医」をお持ちでない方は、できるだけ早く確保しておくことも大切かと思われます。 

                                    令和2年1031

                  桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛 (文、写真)
                                 竹田 恭子(イラスト)

 

 

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