理事長の部屋

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6月 紫蘭(しらん)

―お帰り、ジョナサン!! 40年ぶり―

 

6月も中旬を過ぎ、ようやく梅雨らしい雨の日が多くなって来ました。蒸し暑い、じめじめした毎日が続きますが、如何お過ごしでしょうか。サッカーのワールド・カップ、ブラジル大会も熱戦が続けられていますが、日本チームは予選敗退し悔しい思いをされている方も少なくないかと思います。

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 そんな憂鬱な気分の梅雨空の下、我が家の庭では幾つかの花が色鮮やかに咲いています。上の写真はその中の一つのアップ像ですが、赤紫と白い花を見て何を連想されますか?

 着陸体勢に入り滑走路めがけてゆっくり降下している飛行機のようにもみえます。あるいは「かもめ」のような鳥が両翼と両足を大きく拡げ、悠々と天空を飛んでいる姿にもみえます。しかもこの「かもめ」、太陽が眩しいのでしょうか、それとも恥ずかしいからでしょうか、両手で頭を隠しながらグッと目を凝らし獲物を探しているようです。まさに「かもめの空中偵察隊」、それが今月の花、紫蘭(しらん)です。

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 紫蘭はラン科に属する宿根草で、通常群れになって咲きます。ラン科の植物にしては珍しく日向でもよく育ちますので、庭や公園などでよく見かけます。色は赤紫と白が一般的ですが、薄い桃色の品種もあり桃色紫蘭と呼ばれます。

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 1本の茎に6,7個の花を咲かせますが、下の方から順に咲いて行きますので、先端にはまだ開花していない蕾(つぼみ)がよくみられます。

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紫蘭の花の各部の名称
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唇弁の構造

 花の構造は次のようになっています。ラン科の植物はユリ科などと同じように、花冠(花弁すなわち花びらのこと)と咢(がく)片とがよく似た形をしていますので、両者を総称して花被片と云います。内花被片は花びら、外花被片は咢に相当し、それぞれ3枚ずつから成ります。内花被片のうち一番下にあるものは、ひときわ大きく形も異なりますので唇弁(しんべん)と呼ばれます。ラン科の植物では、この唇弁の形態や模様が種類によって大きく異なり、花の個性を形成しているのです。紫蘭の唇弁は、中央底面の中央裂片と、両側にまくれ上がった側裂片から成ります。中央裂片は、何本もの襞(ひだ)を有する受け皿のようになっていて、訪れた昆虫が止まりやすくなっています。中央裂片の上方に「おしべ」と「めしべ」から成る「ずい柱」がありますが、側裂片はずい柱に覆いかぶさるような形で両側から張り出しています。

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 冒頭の写真で、両手で頭を隠している「かもめ」の姿を連想させたのはこの部分です。訪れた昆虫は、中央裂片とずい柱の間を奥へと潜って行きますが、その時にずい柱の先端にある花粉を体に付けます。

 一方、同じラン科のカトレアの唇弁は、鮮やかな赤色の大きな袋のようになっていて、虫を惹きつける効果は満点です。

 
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カトレアの花

 かもめと云えば、「かもめのジョナサン」という小説がありました。アメリカ人作家リチャード・バック(1936年~ )氏が1970年に発表したもので、アメリカはもとより全世界で4000万部売れたという超ベストセラー作品です。日本では1974年に五木寛之氏の訳で出版され、現在までに270万部を超えるロングセラーとなっています。話はパート1から3までの3部で構成されていますが、作者のリチャード・バック氏が今年に入って40数年ぶりにパート4を電子書籍で発表し、ようやく小説として完結したということです。

  

 日本では五木氏の創訳(故国重純二氏らの下訳をもとに五木氏が日本語の物語として自由に書き上げましたのでこのように称するそうです)により、この6月27日にアメリカより早く出版されましたので、早速買って来ました。あらすじは次の通りです。

パート1:若いかもめのジョナサンは、他のかもめのように餌を取って食べることに興味がなく、より高度な飛行術を使って少しでも早く美しく飛ぶことに至上の喜びを感じます。そのため群れから異端扱いされ追放されますが、一人死にもの狂いで練習を続け、次から次へと高度の飛行術を身につけていきます。

パート2:年月の流れたある日、星のように輝く二羽のかもめがやって来て、ジョナサンを天空はるか、より高次の世界へ連れていきます。そこでジョナサンは、さらに高度な飛行術を習得するとともに精神的修養も積んで他人を愛することの大切さを悟り、遂には長老かもめより「瞬間移動」術を伝授されます。

パート3:下界へ戻ったジョナサンには、フレッチャーはじめ七羽の若い弟子ができます。彼ら八羽の卓抜した飛行術に憧れ、またジョナサンが怪我で飛べなくなったかもめを即座に飛べるようにしたのを目の当たりに見て、若いかもめがたくさん集まり、ジョナサンは神様として畏敬されます。そんな時フレッチャーは新入生を訓練している最中に、偶然彼の進路へ迷いこんだ子かもめを避けようとして岩に激突します。ジョナサンは瀕死のフレッチャーの翼に触れて生き返らせますが、これを見た4千羽のかもめ達はジョナサンを神様どころか逆に悪魔呼ばわりし、暴徒化し攻撃を仕掛けようとします。それを察知したジョナサンはどこかへ消えてしまいます。

パート4:ジョナサンが去って数年すると、海岸線上の至るところで、若いかもめ達がより高度な飛行術の習得をめざして練習をする光景がみられるようになりました。ジョナサンは「偉大なかもめの御子」として最初の七羽の高弟とともに神聖化され、彼らの偉大な業績は神話化されていきます。

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 しかしそれから暫くすると若いかもめ達は飛行練習をしなくなり、崇高なジョナサンを讃える礼拝や祭礼だけが行われるようになりました。ところがその祭礼もやがて儀式化して形骸化し、ジョナサンを神と崇(あが)める教団組織も硬直化していきます。それから200年近くも過ぎた後、若いかもめアンソニーが登場します。アンソニーは、ジョナサン神話を誰かがでっち上げた嘘の話として信じることができません。生きて行く喜びを見出すことのできない彼は、600メートルの高さから急降下して自殺しようとしますが、堕ちて行く時に、桁外れの速度で降下していく白く輝くかもめに追い越されます。アンソニーはそれを見て「美しい」と強く感動し、そのかもめを追いかけて名前を尋ねます。すると「ジョンとでも呼んでくれ。そう、ジョナサンだ。よろしく」と返って来ました。ここで小説は終わります。

 パート4が今回追加された部分ですが、この小説、内容にはなかなか深遠なものがあります。かもめの異端児が、自分らしい生き方を求めて高度の飛行術を身につけ、悟りを開きます。やがて神と崇められ教団ができますが、年月とともに教団内での信仰心は薄れ、祭礼は儀式化し組織も硬直していきます。それに落胆して生きる目標を失い自殺しようとする若いかもめのもとへ再びジョナサンが現れる、簡単に云えばこういう内容になるかと思います。私なりにまとめたあらすじですが、これでこの小説を構成する大切な要素がすべて含まれているか、何か抜けているのではないかと不安になります。また何度か読んでいますと文章や言葉の一つ一つに何か重要なメッセージが込められているようで、迂闊(うかつ)に読み過ごせないような気もします。聖書か仏教の経典のようです。それが世界で4000万部も売れた所以(ゆえん)なのでしょうか。

 本書は発売当初余り売れず、アメリカ西海岸のヒッピー達がひそかに回し読みを続けていたそうです。それが少しずつ広がって一般の人達にも読まれるようになり、大ベストセラーになったと云われています。なぜこの小説がそんなに多くの人達の心を捉えたのでしょうか。それを考察するには、本書の出版された1970年前後とはどんな時代であったか振り返ってみる必要があります。

 1960年にベトナム戦争が始まりました。これはアメリカを盟主とする資本主義陣営と、ソビエト連邦を中心とする社会主義陣営の代理戦争でしたが、戦闘は泥沼化し長期化して出口の見えない状態が続きます。欧米諸国や日本など世界各地で大規模な反戦運動が起こり、ベトコンの攻勢などにより命を失う米軍の若い兵士も後を絶ちません。若者達には厭世感が蔓延し、自分の人生に生き甲斐を見出せない者が増えていきます。そんな中、一部の若者達は積極的に反戦活動や反権力闘争に加わりますが、逆に自分らしい生き方を求めて社会から離れ自然の中て生きていこうとする若者も現れます。その一つがヒッピーの人達です。そうした若者達の風潮を反映して、アメリカではアメリカン・ニューシネマと呼ばれる反体制的な若者の生き様を描いた映画が数多く作られました。

 「俺たちに明日はない(1967年)」「卒業(1967年)」「イージー・ライダー(1969年)」「明日に向かって撃て!(1969年)」「真夜中のカーボーイ(1969年)」「いちご白書(1970年)」などです。 

 これらの映画では、自分の真の幸せを求めてあがき苦しみながらも必死に生きていく、英雄でもエリートでもない市井の若者の姿が、美しいニュー・ミュージックと斬新な映像で描かれています。

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イージー・ライダー

 私達団塊の世代にとっては、題名を聞いただけで青春時代の様々な想いが懐かしく蘇って来るのではないでしょうか。「かもめのジョナサン」が出版されたのは、まさにこの頃であり、ヒッピーの人達にひそかに支持されていたのです。ヒッピーの人達がこの小説の何処に共鳴し、何を求めたのか、非常に興味深いのですが、私には推測することすらできません。40年ぶりに完結した「かもめのジョナサン」、これを寓話と読むか、宗教書と捉えるか、あるいは他の読み方をするかは読者の感性によるのでしょうが、何とも不思議な物語です。

 私達の学生時代には、沖縄はまだアメリカの占領下にあり、与論島が日本最南端の島として若者達の人気を集めました。私も夏休みに行きましたが、そこで大阪の大学を退学してヒッピー生活をしている男の人に出会いました。年は私より少し上でしたが、とてもやさしい人でいろいろとお世話になりました。今も懐かしく想い出されます。今頃どうされているのでしょうか、きっと穏やかな老後を過ごされていることと思います。

 「私はかもめ」という言葉も有名ですね。これは世界初の女性宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワ(1937年~ )さんが発した言葉です。テレシコワさんは1963年ボストーク6号に単独搭乗し、70時間50分で地球を48周する軌道飛行に成功しました。この時彼女には「チャイカ(ロシア語でかもめのこと)」という愛称が与えられました。地球との交信に際に彼女から送られてくる「こちら、チャイカ(かもめ)」という意味のフレーズを、日本ではチェーホフの戯曲「かもめ」の一節にちなんで「私はかもめ」と訳したのです。

 さらに「かもめ食堂」という素晴らしい映画がありました。2006年、荻上直子監督、小林聡美主演、片桐はいり、もたいまさこらの出演により作られた作品で、原作は群ようこです。フィンランドのヘルシンキで日本料理店を営むサチエ(小林聡子)は、おにぎりとシナモンロールを得意とします。

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 初め店にはなかなか客が入りませんが、ひょんなことからミドリ(片桐はいり)とマサコ(もたいまさこ)の日本人女性が店員として加わり、店がだんだん繁盛していくという話です。個性豊かな三人の女優の明るく淡々とした演技には、微笑ましさのようなものを感じます。しかも登場する人物は皆、善良な人達ばかりですので、何かおとぎ話のようで安心して観ていることができ、観終わった後にもほのぼのとした爽快感が残ります。「こんな食堂があるのならヘルシンキへ行ってみたい」と旅情をかきたてられます。食堂近くにかもめのたくさん集まる小さな港があり、人々の憩いの場になっています。そこの風景が、映画の中のワン・シーンとして何回も効果的に挿入されていました。

 さて病院の話題ですが、今月は周産期科における明るい話です。体重1000gほどで生まれた未熟児の赤ちゃんが、佐々木禎仁先生をリーダーとする周産期科チームの懸命な治療のおかげで無事発育し、まもなく退院できるほどになりました。一般に早産などで出生時の体重が2500gより少ない赤ちゃんを低出生体重児と云い、未熟児とも呼ばれます。なかでも体重が1500g以下であれば極低出生体重児、1000g以下ならば超低出生体重児と定義されています。この度入院された赤ちゃんは、胎生26週、体重1068gで生まれましたので極低出生体重児と云うことになります。出生時には自分で呼吸することができないため、気管チューブを挿入して蘇生を行っています。新生児治療室に入院後、保育器に収容し人工呼吸器による呼吸管理が行われました。また母乳も少ししか飲めないため、高カロリー輸液を併用して栄養補給を行いました。入院後9日目から母乳の摂取量も増え、14日目には人工呼吸器を外すことができました。この頃より体重が徐々に増加し、入院後約2か月経った現在、体重は2000gを超えるようになっています。未熟児の管理は、日夜を問わず付きっ切りで行わなければならず、佐々木先生をはじめとする周産期科のスタッフの毎日はさぞかし大変であったろうと察します。この間、佐々木先生を応援するために三重大学産婦人科より数人の医師が駆けつけてくれましたし、池田智明教授にもみずからご指導をいただきました。未熟児では網膜症の合併が大きな問題ですが、これも三重大学の眼科より数人の先生を派遣していただき、定期的に眼底検査を行っていただきました。幸い未熟児網膜症の合併は回避できるようです。同じ未熟児でも体重が1500g以下であると、管理が非常に難しくなると云われます。ましてや1000gですから佐々木先生達のご苦労は並大抵のものではなかったと思われます。お母さんはじめご家族の皆様の喜びもひとしおのことと思いますし、周産期科のスタッフはもとより、同じ病院で働く私達職員にとってもこの上ない喜びであり励ましにもなります。桑名市においてこのような低出生体重児が無事育ったのは、おそらく初めてのことだそうです。改めて佐々木先生ほか周産期科チームの皆さんのご尽力に敬意を表し深謝致します。

 池田教授や佐々木先生のお考えでは、今後さらに周産期科の医師を増やしてどんどん組織を拡充していただけるそうで、この10月にも新たに2人の先生が加わっていただけることになっています。私達も可能な限りの協力をさせていただきますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 本センター周産期科のますますの発展により桑員地域における周産期医療がさらに充実していきますことを心より念願しております。

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同じ紫蘭でもこちらの花では、かぶと虫かクワガタのような甲虫が固い羽を
左右に大きく拡げ、ブンブン音を立てながら飛んでいるようにもみえます

(平成26年6月)

桑名市総合医療センター理事長  竹田 寛(文、写真)
竹田恭子(イラスト)