理事長の部屋

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7月 蓮(はす)

―涅槃の静寂、御仏の微笑み―

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専修寺唐門を背景に咲く蓮 ※画像クリックで大きな画像が見られます。

 今年、東海地方の梅雨明けは7月21日の海の記念日でした。例年並みということですが、昨年に比べますと2週間ほど遅いとのことです。今年の梅雨、一部の地方では猛烈な豪雨に襲われ甚大な被害がもたらされました。被災地の住民の方々には謹んでお見舞い申し上げます。幸い私達の住む地域では雨はそんなに多くなく、大きな被害にも遇わずに終わりました。そんな時季、津市一身田町に在る浄土真宗高田派の本山専修寺(せんじゅじ)の境内では、連日たくさんの蓮の花が咲き参拝に来られた方々を楽しませています。蓮の花は早朝開いて昼前には閉じてしまいます。ですから朝早く出掛けないと開いた花を見ることができません。

 専修寺にはたくさんの蓮の株が育つ蓮池があります。下の2枚の写真は、その蓮池を同じ日の早朝6時過ぎと昼12時頃に撮影したものです。朝、満開に咲いている花も、昼にはほとんど閉じているのが分かります。

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早朝の蓮池

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昼頃の蓮池

 蓮の花の命は4日間と云われ、蕾が開いてから満開となり散って行くまでに次のような経過を辿ります。

 
1日目 花弁は少し開く 元の小さな蕾に戻る
2日目 満開となる やや大きな蕾に戻る
3日目 最大に開く 半閉じになる
4日目 開いた後散り始める 完全に散ってしまう

 下の写真の上段は朝6時半頃撮影したもの、下段はその日の昼に撮ったものです。5本の蓮の花が写っていますが、その日齢は向かって右端から順に2日目、4日目、1日目、蕾のまま、そして左端が3日目に相当するものと思われます。

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大賀蓮
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 蓮の花の構造はどうなっているのでしょうか。
 花が開き始めると中央には、シャワーのヘッドを逆さまにしたような奇妙な形をした突起があり、その周囲を夥しい数の「おしべ」が取り囲みます。この突起、花托と呼ばれますが、多数の「めしべ」が寄り集まってできたもので、表面の丸い平板部には「めしべ」の先端である柱頭が規則正しく並んでいます。柱頭は、受粉が行われる前は黄色い色をしていますが、受粉後には黒く変色します。

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受粉前の柱頭
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受粉後の柱頭
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蓮の実

 「めしべ」が受粉した後の花托は黄色から緑色に変化して果托と呼ばれるようになります。「めしべ」はどんどん成長して大きくなり、緑色から茶褐色に変化して小芋のような実となりますが、自然に落下して翌年新たな命として成長します。この蓮の実、皮が緑色の頃食べると非常に美味しいそうで、アジア地域では食用として売られているそうです。

 

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 夏の朝の明るい陽射しを受けますと、蓮の花びらの模様や葉の葉脈が美しく浮かび上がります。垂直に伸びた花の茎が、黒緑色の鮮やかなシルエットを形成しています。花びらに落ちる柔らかな影は、人影にも似て遠い昔を想い起こさせられます。蓮の花は一見表情も無く静かに咲いているようですが、何か微笑んでいるようにもみえます。仏教と結び付けて連想するからかも知れませんが、御仏の微笑みにも似ているような気がします。アルカイック・スマイル、飛鳥時代の仏像の微笑みです。

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 蓮と云えば、大賀蓮(蓮の花の構造説明の左上写真)が有名です。蓮の権威者であった植物学者の大賀一郎博士が、千葉市検見川の東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で発掘された2000年前(弥生時代)の蓮の実の発芽に成功し花を咲かせたもので、今では国内はもとより世界各地で「古代ハス」として栽培されています。この発掘調査は1951年3月3日から約1か月間の予定で、地元の小中学生や一般市民も加わって行われましたが、なかなか蓮の実は見つからず、調査打ち切りの前日になって女子中学生がようやく1個見つけたと云われています。その後さらに2個見つかり、大賀博士はその3個の種全てにおいて発芽に成功しましたが、うち1個だけが成長したのだそうです。

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葉の茎の断面

 蓮の根は、ふだん私達が食べている蓮根(れんこん)ですが、穴が幾つか開いているのはご存知の通りです。面白いことに葉の茎にも同じような穴が開いていて茎を縦断しています。葉の中央、即ち茎が付着する部分に穴を明けますと葉の表面と茎の穴とが通じるようになります。そこで大きな盃のような葉にお酒を注ぎますと、茎の反対側の開口部から呑むことができます。これを象鼻杯(ぞうびはい)と云い、古来中国では客人に対する最高のおもてなしだったそうです。日本でも、全国各地の蓮の名所で行事として催わされています。

 

 蓮と良く似ている花に睡蓮(すいれん)がありますが、どう違うのでしょうか。まず花の位置ですが、蓮では水面より高いところで咲きますが、睡蓮は熱帯種の一部を除き水面上で咲きます。葉の方は、蓮では浮き葉(水面に浮いている葉)と立葉(水面より高い位置にある葉)の二種類がありますが、睡蓮では浮葉だけです。また蓮の葉には撥水性があって水を弾くため水玉ができます(ロータス効果と云います)が、睡蓮には無く水玉はできません。

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睡蓮

 専修寺は、室町時代の1487年真慧(しんね)により建立された由緒ある大きな寺です。浄土真宗東西本願寺にも匹敵すると云われる広大な境内には、御影堂と如来堂の大きな堂が対になって建っています。御影堂の前には重厚な山門が、如来堂の前には優雅な姿の唐門が屹立し、それぞれ正面を守っています。これらの建物も含め多くの建造物や仏像は国の重要文化財であり、また国宝である親鸞直筆の書を多数蔵していることでも有名です。

 専修寺の在る一身田町は、室町時代に専修寺を中心として形成された自治集落であり寺内町と呼ばれます。計画的に街が整備され、碁盤の目のように走る町内道路や、外敵からの侵入を防ぐために街の周囲に張り巡らせた濠(ほり)(環濠と呼ばれます)など、今でも随所にその面影を残します。

 私は専修寺を設立母体とする高田中学校で3年間学びました。この学校の特徴は、仏教、特に浄土真宗の教えを基にした情操教育にあり、週に1回仏教という正式の教科があり試験もありました。また月に1度は本堂へお参りする時間もありました。

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専修寺唐門

 存外私は仏教の時間が好きで、熱心に先生の話を聞きましたし、今でも断片的に覚えている事項が幾つかあります。例えば、釈迦は誕生した直後に七歩歩き、右手で天を指し左手で地を指して「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんが(げ)ゆいがどくそん)と言ったという伝説。この言葉の意味は、この世に個として存在する「我」より尊い存在はない、という人間個人の尊厳をあらわしています。

 また大乗仏教と小乗仏教の違い。大乗は大きな乗り物、小乗は小さな乗り物のことを指しますが、大乗仏教では、念仏さえ真剣に唱えればすべての人々が大きな乗り物に乗って救われます。一方、小乗仏教(現在は上座部仏教と呼ばれます)では、出家して厳しい修行を積んだ僧侶など一部の人だけがさとりを開き救われます。

 親鸞についても幾つか学びました。親鸞は当時僧侶としては禁制であった妻帯し肉食をしたことで有名ですが、肉食には「見聞疑離れたる肉」を食べなさいと説きました。「見」とは自分の目の前で殺された動物の肉を食べること、「聞」とは自分のために殺された動物の肉を食べること、「疑」とは自分のために殺されたのではないかと疑われる肉を食べることで、いずれにも当てはまらない肉を食べるように説き、自らも実践したのです。

善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや

 親鸞上人の生前に語った言葉を、高弟の唯円が書き記したとされる歎異抄の中の有名な一節です。「善人でさえ往生することができるのだから、悪人であればなおさらのことである」という意味になりますが、何か逆のように思われます。これはどういうことでしょうか。中学時代にも学んでいると思いますが、その時は意味が良く分かりませんでした。大学生の頃、歎異抄を繰り返し読み直してみて、何となく理解できたように思います。

五木寛之氏の私訳歎異抄(東京書籍 平成19年刊)から引用しながら説明しますと、ここで云う善人とは「自分の力を信じ自分の良い行いの見返りを疑わないような傲慢な人びと」であり、「自力におぼれ仏の信心に欠ける人」であります。私達人間は、生きて行くためには肉食をせねばならず、植物の生命も奪わねばなりません。根源的に悪人なのです。そんな悪人でも、「わが身の悪を自覚し嘆き、他力の光に心から帰依すれば真っ先に仏に救われる」という意味です。

 心の底から念仏を唱えることの大切さを説いた大乗仏教の他力本願の思想です。

 今、中学時代の3年間を振り返ってみると、校則が厳しく学校に反発した面もありましたが、情操教育という意味では良かったと感謝しています。まだ自我の確立しない子供の頃に、宗教でも宗教以外の何でも良いから確固とした教育理念に基づいた情操教育を受けることが大切のように思います。教育の荒廃が久しく叫ばれ、他人に対する思いやりの無い若者が増えているというニュースに接する度に、その意を強くします。

 

 さて病院の話題です。今年1月に西医療センターへ着任しました大重日出男医師は口腔外科専門医であり、口腔、顎(あご)、顔面などにおける様々な疾患のスペシャリストです。交通事故などによる口腔や顔面の外傷、口腔がんなどの腫瘍、顎関節症などの手術を得意とし、数多くの症例を手がけています。また同じ抜歯でも、親知らずなど比較的困難な抜歯や全身疾患を有する患者さんの抜歯を行い、通常の虫歯などによる抜歯や義歯の治療は地域の歯科診療所の先生方にお願いして、桑員地域における口腔外科・歯科診療の有機的なネットワークを形成したいと張り切っています。さらに外科的治療だけでなく、口腔粘膜疾患、口腔乾燥症、舌痛症などの口腔異常感症や味覚異常などの治療や、さらに摂食嚥下障害や睡眠時無呼吸症候群への対応など、口腔領域における総合治療センターとしての役割も担って行きたいと胸を膨らませています。

 最近「口腔ケア」という言葉をよく耳にします。例えば、脳卒中や認知症、あるいは寝たきりの患者さんでは、嚥下機能低下による誤嚥(えん)性肺炎を起こすことが多く、しばしば死に至ることもあり、大きな問題となっています。このような場合に、適切な口腔ケアを行えば、肺炎を減らすことができます。また手術患者さんでは、術前術後に口腔ケアを受けることにより、感染症など術後の合併症を抑えることができ、回復も早くなります。抗がん剤や放射線治療においては、口腔粘膜の炎症によりしばしば治療を中断せねばならないことがありますが、口腔ケアにより炎症を抑制することができます。このように様々な領域で重要な役割を演じている「口腔ケア」ですが、大重先生らは歯科診療所の先生方との連携を密にしながら、桑員地区に「口腔ケアネットワーク」を構築することを心底望んでいます。

 大重先生は誠実なお人柄の明るくやさしい先生です。どうぞよろしくご支援の程お願い申し上げます。

(平成26年7月)

桑名市総合医療センター理事長  竹田 寛(文、写真)
竹田恭子(イラスト)