理事長の部屋

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9月 アメリカ(洋種)山ごぼう

―「ぶどう」のようで「ごぼう」とは、これ如何に?―

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アメリカ(洋種)山ごぼう ※画像クリックで大きな画像が見られます。

 例年9月は中旬頃まで残暑が厳しく、夏の名残りの強い陽射しを見上げては、早く秋がこないものかと待ちわびたものでした。でも今年は、9月の声を聞くやいなや朝夕めっきり涼しくなり、曇や雨の日も多かったせいか、余り残暑を感じませんでした。さらに8月の異常気象の延長で、全国のあちらこちらで集中豪雨が起こり大きな被害がもたらされました。そのためか今年は彼岸花の開花も早いようです。秋分の日を待たず、里山の畦(あぜ)や小川の堤に沿って真っ赤に咲いています。下旬になると秋晴の日も多くなり、高く澄んだ青空の下、緑の濃淡の美しい山々を背景に、彼岸花の朱い群れが鮮やかに映えます。

 そんな中、実家の中庭では「アメリカ(洋種)山ごぼう」が屋根瓦を越える程大きく育っていました。毎年冬には枯れ、春になると新芽が出て、初夏から夏の盛りにかけてぐんぐん伸びて、大きな葉と葡萄(ぶどう)のような実をたくさんつけます。

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屋根の上にまで枝を張るアメリカ山ごぼう

 繁殖力の実に旺盛な植物です。真夏の太陽にじりじりと照らされて焼けるように熱い瓦の上を這っていても、葉の焦げることもなく平然と伸びて、たくさんの花を咲かせ実をつけています。驚くべき生命力です。
 私はぶどうの房のように赤黒い実をたわわに実らせたこの植物を初めて見た時、何となく山ぶどうか、その仲間と思いました。つい手を伸ばして実をもぎ取り頬張りたくなりそうです。

 

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 どうしてこれが「山ごぼう」と云う名になるのでしょうか。その姿形からは、どうしても納得できませんでした。そこで名前の由来を調べてみますと、根が「ごぼう」に似ているからだそうです。見えないところで名付けられては、知る由もありません。

 アメリカ山ごぼうは北アメリカ原産で、ヴァージニア州の原住民が黒紫色の実を染料として使っていたそうで、インクベリーとも呼ばれます。明治時代に日本に渡来しましたが、 元々日本には在来種として山ごぼうとか丸実の山ごぼうがありましたので、それと区別するために洋種山ごぼうと名づけられました。現在でも一般的にはこの名が広く使われていますが、しかし原産地から云えばアメリカ山ごぼうとした方が、より正確になりますし、学名にも「Phytolacca americana(アメリカのフィトラッカ)」と称されています。そこで、ここでは敢えて「アメリカ山ごぼう」と呼ぶこととします。
 アメリカ山ごぼうは、小さな白い花が軸の周囲に円錐状に咲き、やがて緑色の実に変わり、それが黒紫色に変化して行きます。まさに葡萄の房です。

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 小さな花に目を近づけてよく見ますと、なかなか面白い顔をしています。 はなびらは花弁ではなく萼(がく)片だそうで5枚あります。中央にあるグリーンピースのようなものが「めしべ」の根元にあたる子房で、通常に比べ異様に大きくなっています。これが実になるのですが、拡大してみますと、かぼちゃのミニチュアのようです。その先にピンク色の小さな突起が10本ありますが、これが「めしべ」の花柱に相当します。通常1本の花柱が10本に分かれているのです。その周囲に白い「おしべ」が11本ありますが、先端に葯をつけているものも、既に失くしているものもあります。

 

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山ごぼう(在来種)
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モリアザミ

 アメリカ山ごぼうの実と根には強い毒性があり、誤って食べると「腹痛、嘔吐、下痢を起こし、ついで延髄に作用し、けいれんを起こして死亡する。皮膚に対しても刺激作用がある。」と厚生労働省のホームページ「自然毒のリスクプロファイル」にも記されています。

 在来種の山ごぼうの根にも同様の毒性があり、食べられません。信州などの名産として良く見かける「山ごぼう漬」は、当然のことながらアメリカ山ごぼうや在来種の山ごぼうの根ではなく、キク科のモリアザミの根です。しかしそれを知らずに、アメリカ山ごぼうの根を味噌漬けにして食べ、中毒を起こすことが少なくないそうです。モリアザミの根もごぼうに似ているから、山ごぼう漬と命名されたのでしょうが、紛らわしいことです。初めからモリアザミ漬としていれば間違いは起こらなかったのでしょうが、それでは売れないのかも知れません。「アメリカ山ごぼう」の実が葡萄に似ていることから、いっそ「アメリカ山ぶどう」とでも名付けていれば、間違えて根を食べる人は少なかったのでは・・・と思われます。目には見えない根がごぼうに似ていることを知る人は少ないのですから。しかし今度は葡萄と間違えて実を食べて中毒を起こす人が続出し、しかもその数は根を食べて中毒になる人よりずっと多いことでしょう。何しろ目に見えるところで間違えるのですから。

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 アメリカ山ごぼうとよく似た名前の付け方をされた植物に、ヒガンバナ科の「夏すいせん」があります。彼岸花と同じように、葉は冬出て春先に枯れ、夏には花だけが咲きます。夏の盛り、いつの間にか地面からスルスルと真っ直ぐに茎が伸びて、その先に薄桃色の美しい花を咲かせます。しかしその花は、とても「すいせん」にはみえません。どう見ても百合か彼岸花です。ではなぜ「夏すいせん」と名付けられたのでしょうか。それは葉が「すいせん」に似ているからだそうです。葉の形が似ているから「夏すいせん」と名付けられたとは、花としてはさぞかし不本意で悔しいことでしょうね。

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 「アメリカひじき」という野坂昭如氏の小説があります。アメリカ山ごぼうという言葉からふと連想しました。少しニュアンスは異なりますが、同じような矛盾を含んでいるような言葉です。この小説は、太平洋戦争の終わった後、アメリカ進駐軍の占領下で青春時代を過ごした日本人の、アメリカあるいはアメリカ人に対するコンプレックスを描いた名作です。終戦の日すなわち昭和20年8月15日の夕刻、それまで爆弾を投下していたアメリカの爆撃機B-29から、突然落下傘(パラシュート)をつけた荷物がたくさん落ちて来ます。ゆらゆらとゆっくり降下してくる荷物を追いかけて中を開けますと、ガムやチョコレートなどに混じって日本のひじきに似た食べ物らしいものが入っていました。それを見た主人公の少年俊夫は、周囲の大人に「これ何?」と尋ねますが、誰も分かりません。大人達は考えあぐねた挙句、「ひじきに似ているなあ。アメリカにもひじきがあるんやろう」と俊夫に教えます。それを聞いた俊夫は「アメリカひじき」と名付け、食べ物が無く毎日ひもじい思いをしていましたので、直ぐに煮込んで食べようとしますが、実は紅茶だったのです。そのくだりが面白いので紹介します。

すぐに俺は割れた七輪、針金で巻いたんに、火ィ起こして、焼残りの鍋をかけ、いわれた通りに煮ると、どんどん水が赤茶にかわり、「ひじきいうんはこないなるのん?」母にきくと、不自由な脚ひきずってそばにきて「アクでたんやな、アメリカのひじきアクつよいんやわ」水をそっとほかし、あたらしくしても、なかなか赤茶はとれん、四度目にようよう澄んで来たから岩塩で味つけて、煮つまったところで味見したら、これはねちねち歯ごたえあるばっかりで、ものすごくまずい、まずいいうたらまず黒いうどんみたいな海宝麺やが、あれより味ないし、噛んでも口の中ひっつくみたいでのみこめん、「なんやこれおかしいで、煮すぎたんやろか」妹も母も食べてみて、へんな顔しとる、「アメリカもまずいもん食うとってんなあ」母がつぶやき、しかし捨てることはとてもでけん。・・・

(新潮文庫 「火垂るの墓」より引用)

野坂氏は、この小説と「火垂るの墓」の2作で1968年の第58回直木賞を受けました。「大阪ことばの良さを生かした無駄のない饒舌」と絶賛された独特の文体が印象的でした。「火垂るの墓」は、小説はもとより映画やテレビドラマ、アニメ、漫画などで広く親しまれている名作で、感動して涙を流された方も多いと思います。特に高畑勲監督、スタジオジプリ制作のアニメ映画は、ブルーリボン特別賞、国際児童青少年映画センター賞、シカゴ国際児童映画祭・最優秀アニメーション映画賞、第1回モスクワ児童青少年国際映画祭グランプリなど数々の賞に輝き、国内外から高く評価され、文化庁優秀映画にも選ばれています。

 太平洋戦争末期から終戦後にかけての時代、神戸と西宮を舞台として、空襲で焼き出された14歳の清太と4歳の妹節子の兄妹が、二人で懸命に生きようとしますが、徐々に衰弱してやがて餓死するという悲しい物語です。二人の父は海軍大尉として出征し、母と三人で暮らしていましたが、その母を空襲で失います。二人は西宮の親戚の家へ預けられますが、叔母とそりが合わずに家を出て、防空壕として使っていた近くの山の洞穴(横穴)で暮らすようになります。初めの頃二人はつつましく暮らしていましたが、だんだんと食べるものが少なくなり、節子はどんどん衰弱していき遂には餓死します。清太は節子の亡骸を、池を見下ろす丘の上で木炭と大豆の殻で燃やして荼毘に付します。炎が燃え続けるうちに夜になり、あたり一面に蛍が飛び交います。燃え尽きた後、清太は節子の小さな骨片を、節子が最後まで離さなかったドロップの缶に入れて大切に持ち歩きます。やがて清太も妹の後を追うように三ノ宮駅の構内で衰弱死しますが、清太の死体を片付けに来た駅員がドロップ缶を見つけ、野原へ投げ捨てます。その時一瞬蛍が舞い上がり、淡い光を放ちます。

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 高畑監督のアニメは原作を忠実に映像化していますが、抑制気味のきめ細かな表現で、戦争の悲惨さを切々と訴えるとともに、戦前の懐かしい日本の情景や市民生活を、美しく描いています。火垂るの墓は野坂氏の自伝的小説と云われています。

 さて病院の話題です。桑名西医療センターの増田亨部長を中心とする外科チームは、胃、大腸、食道など消化管疾患の外科治療を幅広く行っていますが、なかでも食道がんに関しては県内でも有数の施設として高い評価を受けています。日本食道学会が認定している食道外科専門認定施設は、県内には三重大学医学部消化管外科と西医療センター外科の2施設しかありません。施設認定を受けるためには、充分な食道疾患の手術例があり、常勤の食道外科専門医がいて、学会活動を盛んに行っていることなどの基準を満たす必要があります。増田部長は県内で2人しかいない食道外科専門医の一人であり、手術症例も多く学会活動にも熱心で十分に基準を満たしています。また日本の食道がんの正式な癌登録を行っているのも、県内ではこの2施設だけで、日本の食道がんの統計作りにも貢献しています。

 西医療センターにおける食道がん治療には、次のような特徴があります。

  1. 食道がんの治療は、日本の治験結果(JCOG9902)に基づいて術前に化学療法を行ってから手術していること
  2. 頸部、胸部、腹部の3領域のリンパ節郭清を行っていること
  3. 胸部食道だけでなく頸部の食道がんに対しても、適応あれば喉頭合併食道切除を行っていること
  4. 全ての手術操作を外科1チームで行っているため手術時間が短く、胸部食道がんの手術では6時間以内に終えていること
  5. アカラシアや食道裂孔ヘルニアなど食道良性疾患の手術も数多く行っていること

 増田部長は、外科手術はもとより救急医療や若手医師の指導など、いろいろな分野で精力的に活躍しています。新病院開院までにはまだ少し時間がありますが、それまでの間にも食道がん治療の専門施設として実績を積み重ね、新病院でさらに大きく飛躍されますことを心からお祈り致しております。

 最後に朗読会のお知らせです。10月27日(月)18時30分より津市のアスト津にて、「アンドレの翼」という朗読会が開催されます。

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 日本語とフランス語の朗読が交互に行われますが、日本語の担当は元NHKアナウンサーで現在軽井沢朗読館館長の青木裕子さん、フランス語はフランスの女優、ヴァンダ・ベヌさんが担当します。内容はフランス人冒険家、アンドレ・ジャピーの単独飛行にまつわる実話をもとに書かれたものです。1936年パリー東京間100時間の懸賞飛行に飛び立ったジャピーは、佐賀県の上空で乱気流に巻き込まれ背振山中に墜落します。瀕死のジャピーは地元背振村の人達により救出され、九州大学病院で手術を受けて一命を取りとめます。回復したジャピーは背振村の人々に感謝しながらフランスへ戻ります。この話は、その後長い間忘れられていましたが、近年青木裕子さんが、いろいろな資料や言い伝えなどをまとめて朗読劇に仕立てたもので、作家の高樹のぶ子さんが監修されています。昨年は日本とフランスの両国で開催されましたが、今年は津市も含めた日本の7都市で開かれます。日本語とフランス語の朗読が絶妙のハーモニーを生み出す素晴らしい朗読会です。まだ席に余裕がありますので、ご興味のある方は是非ご参加下さい。

 お申し込みは、桑名市総合医療センター統合連絡室長松本(電話0594-22-1607)までご連絡下さい。

 

(平成26年9月)

桑名市総合医療センター理事長  竹田 寛(文、写真)
竹田恭子(イラスト)