理事長の部屋

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9月 おしろい花

-カラフル模様の犯人は、動く遺伝子の気まぐれ行動-

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                                             黄色と赤の入り混じるカラフル模様のおしろい花

 今年の東海地方の夏は、すっきりしない曇の日が多く、8月も下旬になってようやく夏らしい晴天の暑い日が続くようになりました。一方、東日本や北日本では記録的な雨天の連続となり、東京では8月1日から連続21日間雨が降り、観測史上2番目の記録だったそうです。梅雨時でもこんなに雨の日が続くことは少ないでしょう。この原因は、太平洋高気圧の張り出しが弱く、北海道の北東に居すわったオホーツク海高気圧から、東北地方や関東地方の太平洋側へ北東の風が吹き込んだためです。この風を「やませ(山背)」と云いますが、親潮(寒流)の流れる千島海流の上空を通過する間に冷やされて、湿った冷たい風になります。その風の吹き込む北日本や関東地方では、気温が下がって低層雲が発生しやすくなり、曇や雨の日が続くのです。仙台地方では、何と36日間も雨が降り続いたそうです。夏の間「やませ」が吹き続きますと、低温と日照不足により米などの農作物の生育に影響を及ぼします。最近でも何度となく東北地方を襲った冷害の一因でもあります。今年はどうでしょうか。夏の終わりから初秋にかけて、少しでも晴れる日の多くなることを心よりお祈りしています。

 そんな夏の日の夕方、自転車で走っていますと、道路沿いの花壇や、小川の堤、住宅の庭先など色々な場所で、おしろい花の赤や白、黄色の小さな花が群れになって咲いているのを見かけます。薄暮の中、忍ぶようにひっそり咲いていますので、うっかりすると見逃してしまいそうです。

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 おしろい花は、オシロイバナ科の多年草です。南アメリカ原産で江戸時代に日本に伝わったと云われます。夕方4時頃になると咲き始めますので、英語では「Four oclock」と呼ばれます。ズバリ単純明快ですね。
6月頃から9月頃まで一夏中長い間咲いています。 私はおしろい花を夏の花と思っていたのですが、昭和10年(1935年)東京日々新聞(現在の毎日新聞)が、当時の著名人7人に好きな秋の花を一つずつ挙げて貰って「新秋の七草」を選定した際、与謝野晶子の選んだのがこの花です。夏の盛りよりも、秋口の夕暮れ時、少し涼しくなった頃に咲く姿の方が、涼し気で良いのかも知れません。新秋の七草は、萩、桔梗など日本古来の草花から成る秋の七草に対し、当時の現代版として選定されたものですが、ちなみに他の花と選者を列挙しますと、葉鶏頭(長谷川時雨)、コスモス(菊地寛)、彼岸花(斉藤茂吉)、赤まんま(高浜虚子)、菊(牧野富太郎)、秋海棠(永井荷風)です。

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 おしろい花には花弁はありません。花弁のように見えるのは萼(がく)であり、その根元にある緑色の萼のような構造をしているのは総苞です。ひときわ背の高い「めしべ」1本と「おしべ」5本がありますが、両者の長さが変わらないと区別の難しいこともあります。
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 花(萼)が落ちますと総苞の中に径5mm程の黒い実が成ります。中は白く、それをつぶして粉々にしますと、顔料の「おしろい」のようになります。おしろい花の名の由来です。子供の頃、顔に塗って遊んだ女性も多いのではないでしょうか。
 花の色は、基本的に赤、黄、白それに桃色です。おしろい花と云えば、一つの株に赤なら赤、白なら白の同じ色の花が、たくさん咲いている、そんなイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。もちろんそのような同一色の花の咲く株が多いのですが、ちょうど梅や桃の木で紅白の花が咲く源平咲きのように、一つの株に異なった色の花が咲くこともあります。また冒頭の写真のように、白や黄色の花に赤いストライプや斑点の混じることもあります。この模様を「絞り」とか「斑(ふ)入り」と呼び、このような咲き方をすることを「咲き分け」と云います。
 おしろい花はどうしてそのような複雑な花の咲き方をするのでしょうか。そのメカニズムを調べていますと、最近の分子遺伝学の進歩により明らかにされた特殊な遺伝子の働きが底流に存在することが分かります。突然変異を生じ、生物の多様性を支え、人類の遺伝性疾患の原因にもなり得るこの遺伝子、少し専門的になるかも知れませんが、図解を入れできるだけ分かりやすく説明したいと思います。ただし私は遺伝学の門外漢であり、正しく理解できているかどうか全く自信ありません。あくまでも私の理解できる範囲内での解説です。

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(1)赤、黄、白および桃色のおしろい花
 おしろい花の花色は、ベタレインと呼ばれる色素が生成されることにより発色します。ベタレインは赤い色素のベタシアニンと、黄色い色素であるベタキサンチンから成ります。花(つぼみ)が形成される時、赤い色素が生成されれば赤い花になりますが、されなければ白い花になります。同様に黄色の色素が生成されれば黄花、されなければ白花となります。すなわち白い色素は無く、赤や黄に発色しない時に限って白くなるのです。

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 ここで、おしろい花の赤い花と白い花を交配するとします。赤い花の持つ遺伝子をRR、白い花の遺伝子をwwとしますと、その子や孫の遺伝子配列は下図のようになります。メンデルの遺伝の法則で、赤い花の形質が優性(顕性)遺伝するのであれば、Rwの遺伝子を持つ花は赤くなり、孫の代では赤:白=3:1の割合で出現します。しかし、おしろい花では生成される赤の色素が少ないため発現力が弱く、Rwの組み合わせは赤にならず桃色となり、孫の代では赤::白=1:2:1の割で出現します。 このような遺伝形式を不完全優性遺伝と云い、桃色の花を中間雑種と呼びます。
 このようにして、おしろい花の赤、黄、白、桃色の花は誕生するのですが、ここまでは古典的遺伝学の領域で、これから先は近年の分子遺伝学の世界になります。

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赤と桃色のおしろい花。並べてみると色の違いが分かります

(2)源平咲き、あるいは咲き分けのおしろい花
 次ページの写真をご覧ください。おしろい花の一つの枝から、赤と白、あるいは赤と黄色の花が咲いています。また白地あるいは黄色地の花で、赤いストライプが半分を占めるもの、1/4ほどのもの、さらに細いものなど、多彩な模様を示しています。よく見ますと、白地または黄色地の部分には細かな赤い斑点が多数みられます。黄色地に赤い斑点だけが無数に散りばめられている花もあります。どのようにしてこのような模様になるのでしょうか。

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 これらの現象には、動く遺伝子と云われるトランスポゾンが関与します。下図をご覧ください。

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赤い花になるDNAの模式図ですが、赤で示した部分が赤い発色を司る部分(Predとします)です。同じDNAの中にトランスポゾンと呼ばれる部分があり、細胞分裂をする際に移動してPredの中へ割り込むことがあります。するとPredは赤色を発現できなくなり、白い細胞になります。一方Predへ移動したトランスポゾンは離脱して、DNAは元の状態に戻ることもあります。すると再び赤い色素が作られ、細胞は赤くなります。


 Pred
へ割り込んだトランスポゾンにより赤い発色のできない細胞から、花の形成される過程を考えてみましょう。そのまま細胞分裂を続ければ白い花になりますが、1回目の細胞分裂で2個の細胞になる時、両細胞ともにトランスポゾンが離脱し、その状態で細胞分裂が進行しますと、花全体が赤くなります(A)。この両者の混在した状態が源平咲きです。
 一方、最初の細胞分裂で生じた2個の細胞のうち1個だけトランスポゾンが離脱すれば、花の半分が赤くなります(B)。また2回目の細胞分裂で4個の細胞になる時、そのうちの1個でトランスポゾンが離れれば、赤い部分は1/4になります(C)。さらにそれよりずっと後の細胞分裂の過程で、トランスポゾンの離脱や割り込みが規則性なしに繰り返されますと、たくさんの赤い斑点ができます(D)。これが「咲き分け」のメカニズムです。

ひとつ木におしろい花の黄と赤と   正岡子規

 このトランスポゾンは、米国の遺伝学者バーバラ・マクリントック(1902-1992)により発見されました。20世紀中頃のことです。マクリントックは、コーネル大学などで一生涯、細胞遺伝学の研究を続けた女性研究者です。

      バーバラ・マクリントック

特にトウモロコシの遺伝に関しましては、自らが管理する広大なトウモロコシ畑をフィールドにして膨大な研究成果を挙げています。トランスポゾン発見のきっかけとなったのは、アメリカインディアンが栽培していたインディアン・コーンの研究においてです。インディアン・コーンは、黄色や茶、黒など様々な色の実が混在する見た目に楽しいトウモロコシで、ポップコーンの材料やインテリアの装飾としても用いられます。下の写真はネットで購入したものですが、黄色の実の部分を拡大して観察しますと、いろいろな幅の茶色のストライプのあることが分かります。ちょうどおしろい花のストライプ模様に似ています。マクリントックは、この模様に着目して研究を続け、動く遺伝子トランスポゾンの存在を予言したのです。1951年、彼女はその理論を学会で発表しますが、全く反応がなく無視されます。

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当時はDNAの構造や働きも解明されておらず、恐らくほとんどの人が理解できなかったのではないかと云われています。その後1953年になってジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによってDNAの二重ラセン構造が明らかにされ、DNAの様々な機能も続々と解明されるようになって、マクリントックの予言した動く遺伝子の存在が証明されたのです。その功績により1983年マクリントックはノーベル生理学・医学賞を受賞します。

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 インディアン・コーン。写真下は黄色の実の部分の拡大

既に彼女は81歳、最初の発表から実に30年を越える歳月が経っていました。このトランスポゾンの研究は生物学全般に広く行われ、たとえば医学では、正常の筋肉を形成する遺伝子の一部がトランスポゾンにより働かなくなりますと正常の筋肉ができなくなり、ある種の筋ジストロフィーの発症することが知られています。今まで治療法のなかった難病の発症機序が解明されれば、治療法の開発につながるものと期待されます。ほんとうに素晴らしい発見ですね。

 

 さて病院の話題です。今回は臨床工学技士の皆さんを紹介します。臨床工学技士とは医療機器を取り扱う専門医療職で、一般的にはME(Medical Engineer)やCEClinical Engineer)と呼ばれます。医師や看護師、各種の医療技術者とチームを組んで、生命維持装置などの重要な医療機器の操作を担当する大切は役割を担っています。また院内において使用される医療機器の保守、点検、整備を常時行い、何時でも安心して使用できる状態に保って、医療における安全性の確保と医療機器の有効利用の維持に努めています。

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業務内容は多種多様で、現在は東、西、南医療センターに分かれ、各施設の診療に応じた業務を行っています。
 東医療センターには9名のMEが在籍し、心臓カテーテル検査や維持透析、特殊血液浄化などの業務を行っています。心臓カテーテル業務としては、冠動脈の造影や治療のほかに不整脈治療(アブレーション)も行っています。また腎臓病の患者さんにおける維持透析では、腹膜透析や在宅透析などにも対応できるように、機器の整備に努めています。
 西医療センターに所属する3名のMEは、医療機器の中央管理を行い、脳外科のカテーテル検査と治療および内視鏡診療の補助業務などに携わっています。この8月より医療機器の使用情報や所在を管理する新しいシステムが導入され、機器管理と保守点検のスケージュール管理がより徹底して行えるようになりました。新病院では医療機器がさらに増加しますので、医療機器の管理体制をさらに強固なものにしていきたいと張り切っています。
 南医療センターの2名のMEは、心臓カテーテル室や手術室において様々な支援業務を行っています。ペースメーカーの埋め込み術を受けられた患者さんには、定期的にペースメーカーの動作状況を確認し必要に応じてプログラム変更を行います。手術室では下肢静脈瘤の手術における支援業務が主ですが、新病院ではレーザーなどを用いた新しい下肢静脈瘤の治療装置が導入されることになっており、その装置にも十分対応できるように準備しています。
 医療機器の高度化に伴い複雑な診断や治療が可能となった反面、それらの医療機器の操作や運用、管理には、より専門性の高い知識や技術が求められています。新病院では心臓の手術も開始される予定で、手術に必要な人工心肺装置の操作や管理なども他施設にて研修を受けています。現在は三センターに分かれて業務を行っていますが、それぞれが協力して情報を共有することにより、新病院開院の際には、ME全員が高い専門性を有しながら幅広く業務できるように努めています。どうぞよろしくお願い致します。

 

平成29年9月
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛   (文、写真)
竹田 恭子 (イラスト )