理事長の部屋

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1月 ほとけのざ(仏の座)

-冬枯れの野に遊ぶ、ものまね上手な大道芸人たち-

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 明けましておめでとうございます。昨年はいろいろ世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 今年のお正月は穏やかな気候に恵まれましたが、如何お過ごしになられましたでしょうか。
桑名市総合医療センター新棟の建設工事も順調に進み、完成まで残り1年4か月となりました。日に日に高くなって行く建物を眺めていますと、身の引き締まる思いが致します。今年一年、私達職員一同力を合わせて頑張りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 さて上の写真は今月の花です。近くの田園の中を流れる用水路の堤で見つけた野草の小さな花を拡大撮影したものです。何に見えますか?私には、頭巾を被った細身で長身の女性、やさしく手を差し伸べる聖母マリア様か、敬虔な修道女のように思えます。何処か崇高で厳かな感じがしませんか。

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実はこの花、「ほとけのざ(仏の座)」と呼ばれる冬の野草です。この気品あふれる花を、少し離れて別の角度から眺めますと様相は一変します。上の写真をご覧ください。巣から顔を出したひな鳥たちが、心配そうに親の帰りを待っているようです(左)。あるいは大きな口をあんぐり開けた「うわばみ」のようにも見えます(右)。

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 さらにもう少し離れますと、たくさんの仲間がそれぞれ好きなことをしながら、めいめい勝手に遊んでいます。楽器を演奏する者、スポーツに興じる者、相撲の行司で勝ち名乗りを挙げる者、農作業に勤しむ者など、実に様々な仕草をしていて、見ていて飽きません。「ほとけのざ」は、たくさんの顔を持っています。大真面目にマリア様を演じたり、おどけてひな鳥やうわばみの真似をしたり、いろいろな仕草をさりげなく演じることもできる、芸達者でものまね上手な大道芸人なのです。

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「ほとけのざ」はシソ科オドリコソウ属の野草で、冬から春にかけて赤紫色の小さな花を咲かせます。葉の形が仏の座る台座に似ているからこの名が付いたのでしょう。野原や田圃の畔などに小さな群れを作って咲きます。草丈は1030cmと低く花も小さいのですが、花の少ない冬の枯野で赤紫色の花の群れはよく目立ち、すぐに見つけることができます。サンガイグサ(三階草)とも呼ばれますが、これは葉が段々になって付くからだそうです。
 この花をよく見ますと、赤紫色の花以外にルビーのような深紅の小玉が付いています。初めはこれを蕾と思っていたのですが、閉鎖花(へいさか)と呼ばれるものだそうです。通常の花(開放花)では、花弁が開いて「おしべ」や「めしべ」が現れ、昆虫などの媒介により他の花と受粉して種を作ります。

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開放花の間に閉鎖花(黄矢印)がみられます

 
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      閉鎖花だけしかみられません

 

他の花と受粉して種を作ります。一方、閉鎖花では花弁が開かず蕾の状態のまま内部で自分の花粉を受粉して種を作ります。すなわち自家受粉をして子孫を作るのです。本来自家受粉は遺伝学上好ましくないのでしょうが、昆虫の少ない冬場に花を咲かせる植物では、せっかく花を開いても受粉できずに種の出来ない場合も多く、このような方法を取らざるを得ないのでしょう。

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「ほとけのざ」では、開放花に混じって所々に閉鎖花がみられます。同じ株に両者が混在することもありますし、閉鎖花だけの株もあります。冬の間は閉鎖花で、春になったら開放花で受粉して種を残す、何としても子孫を残そうとするホトケノザのしたたかな生き残り戦術です。牧野富太郎博士によれば、閉鎖花を持つ植物は、本邦にはキキョウ、スミレ、ミゾソバ、ツリフネソウなど19種ほどあるそうです。

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                冬の土手を彩るホトケノザの花の群

 正月7日には、昔から七草粥と云って春の七草を食べる習慣があります。春の七草とは、せり、なずな、お(ご)ぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろのことですが、すずな(鈴菜)はかぶ、すずしろは大根のことで、いずれも春先に美味しい野菜や野草です。秋の七草が萩や桔梗など観賞用の植物から構成されるのとは対照的です。ここで云う「ほとけのざ」はコオニタビラコというキク科の植物であり、本稿主役の「ほとけのざ」とは全く異なります。コオニタビラコも、冬の間ロゼット形成期に葉が四方に拡がって仏の台座のように見えるため、この名が付いたのでしょう。

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                   春の七草

 七草粥は、現在では正月のおせち料理やお酒で疲れた胃腸を休めるために食べるといわれますが、元来は縁起の良い物を食べて1年の無病息災を祈ったものでした。この風習は平安時代から始まったと云われますが、その由来は御伽草子の中の七草草子に記されています。そのあらすじは次の通りです。

  一月七日に帝に七草を献上するのはどういう訳でしょうか。次のような言い伝えがあります。
 昔、唐の国に大しょうという親孝行者がいました。両親は百歳を過ぎ、腰は曲がり、目はかすみ、耳も遠くなってしまいました。大しょうは年老いた両親を見て痛々しく思い、嘆き悲しみます。そして「何とか両親を若返らせたい」と思い神に祈ります。「両親の姿を再び若返らせて下さい。私に老いを移し替えてくださっても結構です。たとえ私が老いて朽ちようとも構いません。どうか二人に元の若さを」
 大しょうはとうこう山に登り37日間つま先で歩いて苦行を続け、必死に願掛けをしました。天界の仏たちは大しょうの懸命な姿を見て憐れに思われ、37日目の夕刻、帝釈天王が天から降りて来て大しょうに向かって次のように告げます。
 そなたが両親のことを不憫に思い、必死になって願を掛けていたことに、諸天諸仏は深く心を打たれました。そこで、そなたの願いを叶えてあげることにしました。
 須弥山の南方に白鵞鳥(はくがちょう)という鳥がいます。寿命は八千年です。この鳥は、毎年春の初めに七種の草を食べるので長生きするのです。そなたの両親に、白鵞鳥の命を授けましょう。正月六日までに七種の草を集めておき、次の時刻に柳の木の器に載せて玉椿の枝で打ちなさい。  
 酉(とり)の刻には、芹(せり)、     (午後5時から7時まで)
 戌(いぬ)の刻には、薺(なずな)、    (午後7時から9時まで)
 亥(い)の刻には、五形(ごぎょう)、   (午後9時から11時まで)
 子(ね)の刻には、たびらこ、       (午後11時から午前1時まで)
 丑(うし)の刻には、仏の座(ほとけのざ)、(午前1時から3時まで)
 寅(とら)の刻には、すずな、       (午前3時から5時まで)
 卯(う)の刻には、すずしろ、       (午前5時から7時まで)
 辰(たつ)の刻(午前7時から9時まで)には、七種の草を一緒にして、東の方角から汲み上げて来た清水(若水)で食べなさい。白鵞鳥の渡る前に食べたならば、一時で十歳、七時で七十歳若返ります。ついには八千年の寿命を、そなたたち親子三人に授けましょう。
 大しょうは大いに喜び急いで山から下りると、ちょうど正月でしたので元日から七種の草を集め、帝釈天王のお告げの通りにして両親に食べさせます。すると七日には両親は二十歳ほどに若返ったとのことです。
 この話を聞いた帝は、大しょうの親孝行にいたく感動し、大しょうに長安城の帝の位を授けます。そしてこの頃より正月七日には帝に七草を供するようになり、やがて世間にも広く知れ渡るようになって慣習になったとのことです。

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        御伽草子の中の一寸法師の巻(国立国会図書館テジタルコレクションより引用)

 御伽草子は、現代の「おとぎ話」「昔話」の源流となるものですが、どのような背景から生まれたものでしょうか。平安時代には、源氏物語に代表されますように貴族社会における恋愛を中心とした長編物語が主流を占めますが、鎌倉時代に入って公家の衰退とともに下火になっていきます。代わって民衆の言い伝えや昔話、民間説話などを短く端的にまとめた短編物語が登場し、名もない庶民が主人公になったり、神仏の化身や申し子が登場したり、擬人化された動物が活躍したりします。そのような物語を一般的に御伽草子と呼び、室町時代から江戸時代にかけて盛んに作られ、400編を超えるほど存在すると云われています。一方、江戸時代享保年間には、大坂の渋川清右衛門が23編の代表的な話を集めて御伽草子という物語集を刊行します。その中に七草草子も含まれるのですが、それ以外にも私達に馴染み深い一寸法師や浦島太郎、物ぐさ太郎などの話も含まれています。これが狭義の御伽草子です。
下の写真は、御伽草子23編の物語のうち一寸法師の巻ですが、現在の絵本のように挿絵と本文とが並んで配置されています。箸を櫂にしておわんの舟に乗ったお馴染みの一寸法師が描かれています。

 

 さて病院の話題です。今月は、西医療センターのMA室をご紹介します。MAとはMedical Assistantの略で、医療業務作業補助者と呼ばれ、医師や看護師などの医療スタッフの事務作業を補助する人達のことです。西医療センターでは、平成207月にMA室が設置され、現在常勤と嘱託職員合わせて3名が勤務しています。書類や資料作成など医師の事務作業の補助を中心に仕事をしていますが、多忙な医師の事務作業の負担を軽減することにより、医師が診療行為により多く専念できるように、サポートしながら業務しています。担当制はなく、全科どの医師の仕事でも随時こなせるように情報を共有し合って取り組んでいます。
 

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主な業務内容ですが、まず医療文書の代行作成です。患者さんから依頼された生命保険会社の診断書や自賠責診断書、あるいは労災、介護認定のための主治医意見書などの書類を、文書システムを用いたり手書きにて下書きをし、医師に確認して貰います。その後再びMA室にて記入漏れなど無いか確認した後、文書の完成となります。昨年度の実績は、診断書:2436件、主治医意見書:408件、医療要否意見書:374件でした。書類の入力項目は多岐にわたり、また症状などもケースにより異なります。難しい医学用語もあるためカルテを読み取る作業は困難で慎重さを要しますが、患者さんからお預かりした大切な書類を、できる限り期限内にお返しできるように努めています。
 その他にも、患者さんの情報を他院へお伝えする診療情報提供書や、紹介状に対する返答の作成を代行することもあり、医師のかたわらで入力することもあります。
 さらに、これからの医療に貢献する事務作業として、症例情報を様々なデータベースへ入力する作業も行っています。その一つとして、日本全国の外科系医師達が協力して、国内で行われた手術記録をデータベース化するNCDNational Clinical Database)への入力補助を行っています。平成27年度には、外科症例:347件、脳神経外科症例:135件を入力しました。また平成29年度からは、西医療センターが三重大学医学部消化管小児外科のデータベース構築プロジェクトにも参加する予定ですので、新たに手術症例の入力補助作業を行うことになります。
 その他の重要な業務として、放射線科医師が口述する読影所見を電話で聞き取り、報告書への入力を行います。昨年度は4127件の入力作業を行いました。今までに聞き取った医療英語は3500語を超えていますが、今でも新しい分からない単語が出て来ます。その都度、彼女達は辞書やインターネットでその単語の綴りと意味を調べ、迅速かつ正確に報告書を作成するように努めています。また細かい業務ですが、医師の学会発表や診療に必要な資料や文献、統計などを収集したり、パソコン・ソフトのパワーポイントで資料を作成するなど、様々な業務に従事しています。
 MA室は病院の事務部門の中では歴史が浅く、医師はもとより医事課のスタッフや看護師、他部署の皆さん方にいろいろ教えて貰いながら、毎日何とか手探りで仕事をこなしているというのが現状です。少しでも多く経験を積み重ね、医師の事務作業代行の質を高めていくことが、結果的に患者さんに還元できるサービスであると確信し、業務に励んでいます。これからもどうぞご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

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桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛   (文、写真)
竹田 恭子 (イラスト )