理事長の部屋

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10月 けいとう(鶏頭)

-鶏冠(とさか)のビロードは吸水スポンジ-

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                   里山の秋を彩る「けいとう」

 今年の夏もほんとうに暑かったですね。暑さもさることながら、8月には北海道や東北地方の太平洋側に台風が三個も襲来しました。なかでも本州の南海上に発生した台風10号は、通常の進路とは逆にゆらゆらと西へ進み、沖縄の東海上で停滞した後、Uターンして再び東へ向かい、8月30日には風速25メートル以上の暴風域を伴ったまま、観測史上初めて東北地方の太平洋岸に上陸しました。岩手県と北海道で亡くなった人の数は21人、収穫直前の米やジャガイモなどが直撃され、北日本に深刻な爪痕を残しました。5年前の大震災からの復興も十分に進んでいない中、台風に慣れない北日本の人々にとって、またしても想定外の大災害となりました。ほんとうにお気の毒なことです。
 9月も半ばとなりましたが秋雨前線が停滞して、あいにくの曇や雨の日が続いています。

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       おしろい花の赤い花

 
 

しかし彼岸も近い里山では、色鮮やかな草花たちが競い合うように初秋を彩っています。百日紅(さるすべり)の紅い花は、暑かった夏の名残りのように、今も咲き続けています。陽の暮れかけた小川の堤では、おしろい花の赤や白、黄の小さな花が涼しげに開きます。野原や道路脇の斜面には、一面を覆いつくすように葛(くず)の大きな葉が繁り、所々に赤紫の花が顔を覗かせます。農道の両側には、子供の頃ネコジャラシと呼んで遊んだエノコロクサが群れをなし、ふさふさした青緑色の穂を垂らしています。 それより一回り小さいキンエノコロクサは、穂が少し茶色がかっていて、秋の夕陽を逆光に浴びると金色に輝きます。光の角度により、夥しい数の小さな穂が突然金色に光るのですが、急に異次元の世界へ飛び込んだような錯覚を覚えます。田圃の畔では彼岸花の白い茎が真っ直ぐ伸びて、紅い花をつけ始めました。

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                秋の夕陽に輝くキンエノコロクサの穂

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 初秋の里山には、まだまだ青い草や緑の木の葉が溢れていますが、そこを赤く彩るのが彼岸花と「けいとう(鶏頭)」です。彼岸花は目の覚めるような鮮烈な赤で田圃の畔や疎水の土手を飛び跳ねるように縁取ります。一方の「けいとう」は少し黒みがかった渋い赤で農家の庭先を静かに飾ります。明と暗、動と静、好対照な両者ですが、里山の秋には欠かせない存在です。
 「けいとう」はヒユ科に属する一年草です。ヒユ科とは聞きなれない名前ですが、インド原産の植物で、本邦には「けいとう」のほかに千日紅(センニチコウ)などが属します。野菜として食用にされるものもあり、私達に馴染み深い「ほうれん草」も同じ仲間だそうです。
「けいとう」と聞けば、先端が「にわとりの鶏冠(とさか)」のような造りの花を思い浮かべる方も多いと思います。

 
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 鶏冠(とさか)けいとう

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         久留米けいとう

 

鶏冠の部分が平べったく如何にも鶏冠そっくりのものを鶏冠けいとう、それが改良され鶏冠の部分が球状に発達したものを久留米けいとうと呼びます。
 もう一つ、先端が房状になるものがあります。房の先端が尖って円錐状となった槍(やり)けいとう、 ふさふさした毛が穂状の羽毛けいとう、小さな穂の野けいとうなどですが、混合腫も多く区別することはしばしば困難です。他にも葉を楽しむ葉けいとうもあります。

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              槍けいとうの二種

 
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帯化の著しい久留米けいとう。 少しグロテスクですね。

 
 
 
 
 
 

 

 

 ところで 茎の先端の鶏冠の部分は、どのような構造になっているのでしょうか。実はこれは花ではなく、茎の先端が扁平になって帯状に発達したもので、帯化(たいか)または石化(せっか)と呼ばれます。本来1点であるはずの茎の生長点が、幅広の帯状に拡がるために引き起こされる現象で、ゆり、タンポポ、カラスウリなどいろいろな植物にみられます。原因はよく分かっていないそうですが、昆虫や細菌によって生長点が傷つけられるために起こるとか、突然変異や栄養過多説などがあります。

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  帯化部分の拡大写真。ビロードの布のようです。

 

 

通常は一代限りの現象ですが、 「けいとう」では帯化が遺伝的に固定され、観賞用として栽培されているのです。

 

 

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 それでは「けいとう」の花はどこにあるのでしょうか。左の写真をご覧ください。鶏冠の下、* で示した部分に、小さな花(小花)が密集しています。小花には「めしべ」1本と「おしべ」5本がありますが、下の拡大写真では、半開きの花の間から長い「めしべ」の花柱と柱頭が突き出ているのが確認できます(左)。花が開いてから1、2週間もすれば、艶のある黒い実がたくさんできます(右)。

 

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      蜂の訪れた「けいとう」

 「けいとう」の鶏冠の部分は大きく色も鮮やかですので、遠くからでもよく見えます。それに引き寄せられてやって来た虫達は、まず鶏冠に停まります。しかしそこにはビロード状の布が織り重なっているだけで、蜜も何もありません。その時虫達はどう思うのでしょうか。いろいろ歩き回っているうちに、下にある花の部分に突き当たり、受粉を手助けするのでしょうが、いずれにせよ、どの花にも黒い立派な実が成ります。
 雨の日の翌朝、「けいとう」の花が倒れているのをよく見かけます。根の浅いこともあるのでしょうが、とにかく倒れやすいのです。
我が家のプランターに植えたものならいざ知らず、昨日まで農家の庭先でどっしり咲いていた「けいとう」でさえ、雨の日の翌朝倒れているのを見ることがあります。

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    (表) 各花の水に浸ける前後の重量比

鶏冠の部分は元々重い上に、雨が降ると雨水を吸い込んでさらに重くなるため倒れるのでしょうか。そこで鶏冠のビロードは材質的に水を吸い込みやすく保水力も高いのではないかと考え、次のような実験を行いました。「けいとう」の鶏冠の部分を切り取り、重さを計ります。次に5分間水に浸け、水から出した後5分間静置して再び計量します。水に浸けた後の重さが浸ける前の何倍になるか(重量比)を算出し、他の花と比較しました(表)。それぞれの花を数個ずつ計測した値の平均ですが、重量比が大きいほど水を多く吸い込んだことになります。「けいとう」の鶏冠の重量比は、「ひまわり」や「きく」、カーネーションなどの花と比べて大きいことが分かります。すなわち「けいとう」の鶏冠のビロードは、雨が降るとスポンジのように水を吸いこんで重さが倍近くになり、しかも地盤も緩むため、「けいとう」は倒れるのではないでしょうか。
 帯化という思わぬ偶然により生まれた鶏冠、植物にとっては遠くからでも目立つという有利な面もありますが、雨が降ると倒れて自滅を導きかねないという危険な一面も有しています。利点と危険性を併せ持つ、なぜこのようなものが誕生し遺伝的に受け継がれて来たのか、自然界には不思議な現象がたくさんあります。

 さて私達に馴染みの深い秋の七草とは、はぎ(萩)、すすき(尾花)、くず(葛)、なでしこ、おみなえし(女郎花)、ふじばかま(藤袴)、ききょう(朝顔)です。万葉集の山上憶良の歌に由来しています。それとは別に、昭和10年(1935年)東京日々新聞(現在の毎日新聞)が、当時の著名人7人に最も好きな秋の花を選んで貰い「新秋の七草」を選定しました。選ばれた花と推薦者は次の通りです。

          葉鶏頭 (長谷川時雨)         菊  (牧野富太郎)
          コスモス(菊地寛)         おしろい花(与謝野晶子)
          彼岸花 (斉藤茂吉)         秋海棠 (永井荷風)
          赤まんま(高浜虚子)

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      長谷川時雨

 ここで葉鶏頭ながら「けいとう」が登場します。選者は長谷川時雨(しぐれ)、与謝野晶子とともに二人だけの女性選者です。与謝野晶子のことはご存知の方も多いと思いますが、長谷川時雨という人、いったいどのような人でしょうか。
 長谷川時雨(1879-1941)は、明治12年東京日本橋で弁護士の父の長女として生まれました。子供の頃から小説を読むのが好きでしたが、両親は「女に学問は不要」と言って読書を禁じます。それでも親の目を盗んでは片っ端から本を読み漁ったそうです。18歳で親の勧めに従い嫌々結婚しますが、外出がちな夫の留守の間にひたすら文学の修業に努めます。そして26歳の時、既に離婚していた時雨は、「海潮音」という戯曲を読売新聞の懸賞に応募し特選に選ばれます。その後も戯曲を書き続け、彼女の作品は歌舞伎座でも上演されるほどになります。それまで女性の作品が歌舞伎座で上演されることはなかったそうで、日本で最初の女性劇作家という称号を与えられました。とくに明治44年に歌舞伎座で上演された「さくら吹雪」は六代目尾上菊五郎の好演もあって大人気となり、人気劇作家としての地位を不動なものにします。元々清楚な顔立ちで、すんなりとした細長の日本的美人でしたので、彼女のブロマイドは飛ぶように売れたそうです。

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   与謝野晶子

その後年下の三上於兎吉と結婚しますが、自ら創作のかたわら夫を支えて励まし、彼を人気作家に押し上げます。さらに昭和初期には、女性の解放と社会的地位の向上をめざした婦人総合雑誌「女人芸術」を創刊します。4年間続けられましたが、この間に、林芙美子、円地文子、佐多いな子など数々の新人女性作家を世に輩出しました。また自身も「旧聞日本橋」「近代美人伝」などの随筆を残しています。長谷川時雨は、1歳年上で文壇デビューもほぼ同じ頃であった 与謝野晶子(1878-1942)とよく比較されます。晶子は、歌集「乱れ髪」や「君死にたまふことなかれ」などに代表されますように、女性の解放や自由をめざした歌を情感豊かに詠い上げ、歌人として一世を風靡しました。一方の時雨は自身の創作よりも、どちらか云えば、夫を支えて人気作家に押し上げたり、「女人芸術」を介して若い女性作家を発掘するなど、他人のために尽くすことに情熱を注ぎました。

 

江戸っ子で日本的な女性であった時雨は、面倒見も良かったのでしょう。晶子が自ら輝く太陽ならば、時雨は他の人を輝かせる月とも云われます。里山の秋に例えれば、晶子は鮮やかで躍動的に輝く彼岸花なのに対し、時雨は渋い赤で静かに秋を支える「けいとう」と云うことになるのでしょうか。

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 (図)芥川賞と直木賞の10年ごとの男女別受賞者数

 時雨は、女性作家が一人でも増えることを望んでいました。そういえば、最近の芥川賞と直木賞の受賞者は女性が多いと思いませんか。そこで昭和年に創設された両賞の年ごとの受賞者数を男女別にまとめてみました。終戦により男女同権、平等が叫ばれるようになっても30年近くの間は、両賞の受賞者はほとんど男性です。戦後40年を経て平成の時代に入る頃になって、ようやく女性の受章者が増えて来ます。特に最近の8年間では、芥川賞の受章者は女性の方が多くなっています。時雨が亡くなって70数年、ようやく彼女の夢が叶えられたのでしょうか。

 さて病院の話題です。今回は桑名南医療センターの臨床工学技士(ME)をご紹介します。
 医学の急速な進歩とIT化の促進により、医療の現場では人工心肺装置や人工透析、人工呼吸器、心電図をはじめとする種々の生体モニター装置など、多種多様な高度医療機器が使用されています。時々刻々変化する患者さんの状態を即座に正確に把握して最適な治療に結びつけるためには、これらの高度医療機器を存分に使いこなし、それらの有する能力を十二分に利用できるようにしなければなりません。その複雑な操作を担当するのが臨床工学技士です。また日頃院内にある医療機器の管理や点検・整備を行い、常に最善の状態にしておくことも彼らの仕事です。いわば医療機器のプロということができます。
 桑名南医療センターでは2名の臨床工学技士が勤務していますが、「明るく元気よく」をモットーに日々活動しています。主な業務は、週4日および緊急時の心臓カテーテル検査で、患者さんの心電図や血圧などを自動的に測定するポリグラフの操作と管理が中心です。カテーテルにより冠動脈狭窄を治療する際には、血管内超音波装置(IVUS)、光干渉断層装置(OCT)の操作を行います。急性心筋梗塞など緊急でカテーテル検査を行う時には、大動脈バルーンパンピング術(IABP)や人工呼吸器の操作も担当します。
 また、週1日は下肢静脈瘤の手術に入り、使用する器械の準備や、手術の記録やレーザー発生装置の操作などを行います。週平均6例ほどの下肢静脈瘤の手術があります。

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それ以外の業務として次のようなものがあります。
①ペースメーカーの手術およびチェック:カテーテルを用いてペースメーカーを挿入する際には、閾値測定などを担当します。さらにペースメーカーのチェックを3か月ごとに臨床検査技師と一緒に行っています。
②透析業務:一般に臨床工学技士の業務と云えば真っ先にイメージされるのが透析ですが、南医療センターでは年2回ほど、人工透析または持続血液透析濾過法(CHDF)が行われます。臨床工学技士が主体となり、透析患者さんの穿刺や機器のセッティングを行っています。
③機器管理:シリンジポンプや輸液ポンプ、人工呼吸器などの医療機器の点検から修理に至るまで、院内医療機器の管理とメンテナンスを行っています。
 さらに現在、東および西医療センターへも出かけ、それらの施設でしか行われていない業務(心臓カテーテル検査のなかの特殊な業務や脳神経外科手術の介助および機器管理など)を学ぶようにして、お互いの交流を図っています。
 今後、高度医療機器はさらに発展するものと思われますが、臨床工学技士として精一杯知識や技術の向上に努め、新病院へ移行した際にも医師、看護師、その他コメディカルの方々に十分な力添えが出来るように頑張ると張り切っています。どうぞよろしくご支援のほどお願い申し上げます