理事長の部屋

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2月 スイバ(酸葉)

―冬の紅葉、あぜの賑わい、すかんぽの唄-

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                                                      スイバの紅葉で赤く染まる冬の土手

 今年は記録的な暖冬だと思っていましたら、1月も中旬になって日本列島には未曾有の大寒波が到来し、各地で大雪や断水などによる被害が続出し、桑名でも5cmを越える積雪が二日もありました。やはり厳しい寒さがやって来たと辛い気持ちになる反面、地球温暖化が叫ばれる中、いつもの冬らしくなって良かったと安堵する心もどこかにあります。
 私は運動不足を解消するために、週に3度ほど自転車で約1時間走っています。かれこれ20年以上続いているでしょうか。そのコースは決まっていて、往路は自宅から田園地帯を西の山の方へ向かって真っ直ぐに30分ほど走り抜け、折り返し点でUターンして自宅へ戻ります。春から夏、秋にかけては快適なコースなのですが、冬はたいへんです。伊勢地方の冬には、鈴鹿山脈や布引山脈から強く冷たい北西の風が吹き降りて来ます。「鈴鹿おろし」とか「布引おろし」とか呼ばれる季節風ですが、他の地方から伊勢へ移って来られた人々は、その風の強烈なことに驚かれます。私の冬のサイクリングは、まさにその季節風との闘いなのです。往路、激しく冷たい向かい風に真っ向から挑みます。広い田園地帯ですから、風を遮るものは何もありません。ビュービュー吹き荒れる風は、轟音となって鼓膜を突き破るようです。刈り残された道端の枯草は強風に煽られて激しく揺れ動き、大きく傾いています。私の顔は冷たい風に容赦なく叩き付けられ、涙が溢れ鼻水が出て来ます。頬っぺた、口の周囲、耳たぶが特に冷たく、私は帽子を手で押さえながら庇(ひさし)を深くかぶり俯(うつむ)きます。そうしないと息もできないほどです。手足の指先はかじかんで痺れています。厚い手袋も靴下も何の役にも立ちません。私は頭をハンドルにくっつけるほど低くして、上半身を水平にし風の抵抗を減らします。しかしどれだけペダルを踏んでも体は温まらず、汗も出ません。風は周期的に強弱を繰り返し、強い時には頭をさらに低くして地面を見詰めながらじっと我慢します。自転車が倒れないようにするのが精いっぱいです。風が少し弱まった隙に一気にペダルを踏んで前進します。その繰り返しが続きます。楽しみは、早く折り返すことだけです。折り返し点にある白い家を何度も見ながら、「もう少し、もう少し」と中学生の頃を想い出しながら自分に言い聞かせます。あの頃も登校時、北風に向かって必死で自転車をこいでいました。そうこうしているうちに何とか折り返し点に到着し、Uターンした途端、状況は一変します。向かい風ではあれだけ意地悪く吹き荒れていた風が、追い風になるとぴたりとおさまります。轟音も消え全く静かです。私も自転車も風と一緒に動きます。風と一体化したようです。背中を押す風さえ感じません。何もしなくても自転車は快適に前へ進み、背筋を伸ばして背中を大きく拡げればスピードが速くなります。道端の枯草には来た時と同じように強風が吹きつけているはずですが、帰りはそよ風にゆらゆら揺れているようにしか見えません。先程まではあんなに寒かったのに、体はぽかぽかし、汗もじんわり吹き出し、痺れていた手足の指先にも温かい血が戻って来ます。あぜ道の枯草も、田圃の黒い土も、何もかもが穏やかな冬の陽射しの下で微笑んでいます。まるで常夏のハワイです。往路と帰路のこの落差、北風小僧の寒太郎はどこへ行ったのでしょうか。まさに「行きはよいよい、帰りは怖い」の逆です。私は帰路の追い風天国を楽しむために、北風地獄に向かって敢然と飛び出すのです。
 帰りは余裕がありますから、周囲の風景がよく見えます。田圃のあぜや用水路の土手は枯草一色と思っていましたが、よく見ると所々に緑の葉が群れになっています。

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        ひがんばなの草むら

 

 

「ひがんばな」の細く長い葉が密集して草むらを作っているのです。その鮮やかな緑は、枯草色の背景の中でひときわ目立ち、遠くからでもよく見えます。春になると葉は枯れ、秋には美しい赤い花を咲かせます。
 自転車を降りてあぜ道を歩きますと、枯草に隠れて秘かに春を待っている様々な植物に出会います。

 

 

 

 

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        シロツメグサ

 

 

左はシロツメグサで、春になると小さな白い花をたくさん咲かせるクローバーのことです。子供の頃、花の首飾りを作ったり、四葉の クローバーを集めたりして遊んだ人も多いのではないでしょうか。

 

 

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             オオアレチノギク

 

右は、オオアレチノギクです。どこでも見かける雑草で、夏には白い綿毛のような花をたくさん咲かせる背の高い草ですが、冬の間は細長い葉が地面を這うようにして四方へ拡がっています。ちょうどバラの花が咲いているように見えますので、ロゼットと呼びます。こうすることにより、冬の陽射しをできるだけ多く浴び、強い風から身を守っているのです。

 

 

 

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 暖冬の影響でしょうか、タンポポのロゼットに花が咲いていました

 

 

ほかにもタンポポやオオバコなどいろいろな植物のロゼットがあちこちにみられ、冬のあぜや土手は結構賑やかです。
夏には伸び放題に背が高くなり、抜いても抜いても生えて来る困り者の雑草も、今の季節、枯葉の間で地面を這うようにロゼットを形成して冬越ししているのです。

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                              ホトケノザ

 さらに周囲を見回しながら歩いていますと、うっかり見逃してしまいそうなほど小さな うす紫色の花を見つけることができます。ホトケノザというシソ科の雑草で、草丈20-30cm、蓮の葉のような台座に小さな仏様が乗っているように見えるからこの名が付いたのでしょうか。春の七草の「ほとけのざ」は、コオニタビラコというキク科の植物であり食用になりますが、このホトケノザは別の植物であって食べられません。でもじつに愛嬌のある可憐な花です。左上の写真では、頭にうぶ毛の生えたひな鳥たちが、親の帰りを待って巣から顔を出しているようです。また右上の写真では、「おみくじ」を運ぶ「からくり人形」が輪になって並んでいるようです。

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             スイバのロゼット

 

 

 そして冬の枯野を鮮やかに彩るのが今月の主役、スイバ(酸葉)です。細長い紅い葉が集まって小さなロゼットを作りますが、どんどん増えて右の写真のように大きな群となることもあります。緑色の葉は陽に当たると紅葉し、緑、紅、朱色などの色彩が入り混じった賑やかな群となってあぜ道や灌漑用の水路に沿った土手を紅く彩ります。

 

 

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                                 スイバの大きな群。陽のあたるところが紅葉しています

 スイバはタデ科の多年草で、葉を噛むと酸っぱいことから酸い葉、スイバと呼ばれるようになりました。葉はみそ汁に入れるなどして食べられますが、紅い葉をジャムにすると適度に酸味があり美味しいそうです。

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            ギシギシのロゼット

 

 

 スイバとよく似ていて区別の難しい草にギシギシがあります。同じくタデ科の植物で、草丈50-100cm、夏から初秋にかけ小さな花を円錐状に付けた花穂を伸ばします。スイバにも同じような花穂がみられますが、ギシギシでは緑色(のち褐色となる)ですが、スイバでは赤みがかっているので区別できます。

 

 

 

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           ギシギシとスイバの葉

 

 

 

 

 

どちらの葉も、冬のロゼット形成期に紅葉します。遠くからは見分けにくいのですが、近づいて葉の形を較べますと区別できます。葉の基部が、ギシギシでは丸みを帯びていますが、スイバでは矢じり型で尖がっています。

 

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       ギシギシ                  スイバ                 イタドリ

                                                     すかんぽの咲く頃

                                                                 北原白秋 作詞、 山田耕作 作曲

                                             土手のすかんぽ、ジャワ更紗。
                                             昼は螢が ねんねする。
                                             僕ら小学、尋常科。
                                             今朝も通って、またもどる。
                                             すかんぽ、すかんぽ。川のふち。
                                             夏が来た来た、ド、レ、ミ、ファ、ソ。

 北原白秋と山田耕作のコンビによる「すかんぽの咲く頃」の歌は小学生の頃よく歌いました。私は「じゃわさらさ」の詞の意味は、「すかんぽ」の花や葉が擦れ合って出る音、すなわち擬音語だと思っていました。実はそうではなく、ジャワ更紗(さらさ)というジャワ(インドネシア)特産のろうけつ染めの更紗のことだったのですね。「すかんぽ」の花の咲く様子が、ジャワ更紗の紋様に見えたのでしょう。

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スイバは、地方によっては「すかんぽ」と呼ばれるそうです。私達は子供の頃イタドリのことを「すかんぽ」と呼んでいました。イタドリは同じくタデ科の植物で、初夏の頃河原で遊んでいて喉が渇くと、その太い茎を折っては切り口から甘酸っぱい液を吸ったものでした。したがってこの歌に出てくる「すかんぽ」は、スイバであるという説と、イタドリであるという説の両方があります。右の写真は、最近購入したジャワ更紗の生地の模様です。スイバに似ているか、あるいはイタドリか、果たして「すかんぽ」はどちらでしょうか。

 

これとよく似た話が、松尾芭蕉の有名な俳句でもありますね。

 

   閑(しず)かさや 岩にしみいる 蝉の声

 

この句は、1689年芭蕉が出羽国の立石寺(現在の山形市にある古刹。山寺として有名)を訪れた時に詠んだ句で、「奥の細道」に収録されています。「岩にしみいる」とは、どんな蝉の声でしょうか。1926年歌人の斎藤茂吉は、この蝉をアブラゼミであると発表したところ、小宮豊隆らの文人らはニイニイゼミであると反論し大論戦になりました。結局茂吉が誤りを認めニイニイゼミということで決着しましたが、確かに「岩にしみいる閑かさ」には、アブラゼミの鳴き声は騒がし過ぎるようにも思えます。
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 よく晴れた日の午後、明るい陽射しに透き通るスイバの葉の群です。
地面に寝そべるようにして撮影したものですが、緑、黄緑、紅、橙色など、こんな色鮮やかな世界が冬の枯草の中にあるとは驚きました。
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 さて病院の話題です。桑名東医療センターでは、地域の医療機関との連携窓口である地域医療室と、患者さんの総合相談窓口である医療相談室とが、同じ部屋で業務にあたっています。現在、桑名市では地域包括ケアシステムが推進されています。地域包括ケアシステムとは、一人の患者さんに対し、病院や介護事業所が単独で支援するのではなく、医療や介護関係者を含む地域の人達が、それぞれの得意分野を活かして力を合わせ、地域全体で支えていくことです。地域医療室と医療相談室は、院内における地域包括ケアシステムの要となるべく、医療機関や介護関係者との連携窓口として、日々様々な患者さんの支援に取り組んでいます。
 地域医療室は、地域のかかりつけ医の先生方と、当センターとの間をつなぐことが主な 業務です。現在国の方針として、医療の機能分化が進められています。地域の病院や診療所などが役割分担をし、患者さんの状態に合わせて適宜必要な医療を、効果的かつ効率的に 提供することを目的にしています。当センターは急性期病院として、桑名市における救急 医療と専門診療を全うする役割を担っています。それを円滑に推進するためにも、地域の 先生方や、回復期や慢性期あるいは療養型の医療機関との緊密な連携は欠かせません。地域や各医療機関の先生方と緊密な連携を保つこと、それが地域医療室の仕事です。

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 また医療相談室では、社会福祉士や看護師の資格を持った医療ソーシャルワーカーが、地域の介護や福祉担当者と連携をとりながら、患者さんが療養する上で生じる様々な 問題に対し真摯に相談に応じ、安心して治療を受けて頂けるよう取り組んでいます。
 すべての人は生きていく上で社会生活を送っています。それは病気や怪我の治療を受けている患者さんも例外ではありません。長く続いた不景気とそれに伴う不安定な雇用形態、核家族化による高齢世帯の増加、社会構造の変化による地縁の欠如と孤立など…潜在的な問題を抱えた方はたくさんみえます。元気に過ごされているうちは特に問題に感じていなくても、ひとたび病気や怪我をすることで、それらの問題は一気に表面化してしまいます(家で介護をする人がいない、治療費が払えない…など)。最悪の場合、社会的な問題が原因となり治療を継続することが出来なくなることもあります。医療ソーシャルワーカーは病気や怪我をきっかけに、社会的に困難に陥った患者さんに対し、相談や援助を行い一緒に解決方法を考えることが主な仕事です。病院の中ではかなり特殊な職種かもしれませんが、地域の患者さんが安心して治療を受けるためには不可欠な職種ではないかと考えています。
 地域医療室および医療相談室のスタッフは、これからも地域の医療や介護を支えるチームの一員として業務に励んで参りますので、よろしくご支援のほどお願い申し上げます。

桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)

平成26年4月より連載して参りました「理事長の部屋」を冊子としてまとめます。その製本作業のため3月はお休みさせていただきます。4月より再開致しますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。