理事長の部屋

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6月 野ばら(野いばら)

―シューベルトとヴェルナー、どちらがお好き?―

満開に咲き匂う野いばらの大きな木

 前号で今年の桜は早かったと書きました。あっという間に満開となり、あっという間に散っていきました。4月上旬、晴天が続き気温も高かったからです。その後街中では「つつじ」や花みずきなどの街路樹の花が、また郊外の田園や野原では「たんぽぽ」「れんげ」「ハルジオン」などの花がいっせいに咲いては次々に消えていきました。初夏の街路を鮮やかなピンク色に飾る昼咲桃色月見草も、今年は咲くのが早かったように思います。今年はどの花も開花が早いのです。そんな中、密かに花の咲くのを待っていた植物がありました。野いばら(ノイバラ)です。毎年いろいろな所で咲いているのを見かけるのですが、気の付いた頃には盛りを過ぎていて花が枯れたようになっています。野いばらの花は、開花するとまもなく黄色い「おしべ」が黒く変色し、花びら(花弁)も傷みやすいのです。ですから今年こそは、咲き始めの美しい頃の写真をしっかり撮ってやろうと待ち構えていたのです。しかも今年は花の咲くのが早かったものですから、余計注意して目配りしていました。野いばらと云えば、もちろん野原にも見られますが、多いのは水辺です。通勤の近鉄電車の車窓から眺めていても、河川敷や池、用水路の畔などに、こんもりとして咲いているのをよく見掛けます。眩しくなり始めた初夏の太陽の下、額に汗の滲んで来るのを感じながら散歩している時、ふと水辺に 咲く白い野いばらを見かけますと、如何にも涼しげで夏の訪れを実感します。

美しく咲き揃った白い野いばら 蕾は桃色です

 野いばら(野茨、ノイバラ)はバラ科バラ族の植物で、日本全国の河原や野山でよく見られます。ご承知の如くバラには多数の園芸種がありますが、数少ない野生種であり、単に「野ばら」とも呼ばれます。 ヨーロッパの野ばらは赤い花が多いのかも知れませんが、日本の花はほとんど白です。

 

 

 

 

 野いばらの花は5枚の花弁からなり、中央に淡い緑色の「めしべ」が1本、その周りにはたくさんの「おしべ」がひしめき合っています。開花したばかりの頃の「おしべ」は、頂部にある葯も、それを支える花糸も柔らかな黄色をしていて、白い花弁とうまく調和して美しいのですが、「おしべ」の葯はすぐに黒褐色に変化し枯れたようになります。葯の変色する前に写真を撮らねばならず、美しい写真を撮るにはタイミングが大切です。

 

 葉の基部や茎には対になって突出する鋭い棘(とげ)があり、子供の頃に刺された人も少なくないと思います。「茨の道をゆく」という言葉をよく耳にしますが、茨の繁る道を棘に刺されながら歩き続けるように、困難な道を進むということです。
 秋になると小さな赤い果実をつけます。

茎や葉の根元にみられる鋭い棘

昨年秋実った果実が残っていました

ところで花弁は白ですが、蕾の色はどうでしょうか。花びらが白ですから当然蕾も白で、確かに白い蕾を良く見かけます。ところが右下の写真や354ページの下の写真のように、花びらは純白なのに、蕾は濃い桃色をしています。蕾の時は赤く、開花すると白い花になるのです。面白い現象ですが、同様の変化をする植物は、幾つかあるようです。私が実際観たものは、秋に咲く小菊と、5月頃の里山に群れて咲くハルジオンです。

 

色の変わる機序としては、蕾の時に作られていた赤い色素が開花するにつれ作られなくなるか、あるいは開花により赤い色素が薄められるからだと云われます。「あの可愛かった赤ちゃんが、いつの間にか色白美人になって・・・」と驚かされるようなものでしょうか。しかし老けるのも早そうですね。

深紅の蕾から真っ白な小菊が咲きます

桃色の蕾が可愛いハルジオン

一方、蕾が赤くて開いた花弁も淡い桃色をしているという花もあります。すると白と桃色の花が入り混じり、白一色の清楚な野ばらよりも、いっそう艶やかになり、魅惑的になります。

 

 野ばらといえば、何と言ってもシューベルトやヴェルナーの作曲した歌曲「野ばら」が有名ですね。詞はドイツの文豪ゲーテによるものです。

野ばら

ゲーテ作詞 近藤朔風訳詞 シューベルト作曲

   1 童(わらべ)は見たり 野中のばら
     清らに咲ける 
     その色愛(め)でつ あかず眺む
     
紅(くれない)におう 野中のばら

 

   2 手折(たお)りて行かん 野中のばら
     手折らば手折れ 
     思い出ぐさに 君を刺さん
     
紅におう 野中のばら

 

   3 童は折りぬ 野中のばら
     折られてあわれ 
     清らの色香(いろか) 永遠(とわ)にあせぬ
     
紅におう 野中のばら

 

 小学校か中学校の音楽の授業で習われた方が多いと思います。おもに歌われたのは1番の詞だと思いますが、私はその詞の印象から、男の子と野ばらとの清純な恋を静かに美しく歌う曲だと思っていました。ところが今回、2番、3番の歌詞を読んでみますと、静かな1番とは打って変わり、恋人同士の葛藤や相克、さらに破局までが歯切れよく表現されています。

 男の子は野ばらを折ろうとします。すると野ばらは「折るなら折ってごらん。あなたが忘れないよう
 
に棘で刺すから」と返します。しかし男の子はとうとう野ばらを折ってしまいます。哀れな野ばらは
 少し刺しただけで運命に従いますが、その清らかな美しさは永遠に褪せません。

 ヨハン・ブォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832年)は、言うまでもなくドイツを代表する詩人であり、小説家、劇作家で、有名な作品に「若きウェルテルの悩み」「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」「ファースト」などがあります。私は高校時代、「若きウェルテルの悩み」を読んで興奮して眠れなくなるほど感動した覚えがあります。それまではややもすれば私小説的になりがちな日本文学ばかりを読んでいた私にとって、世界文学のスケールの大きさ、構想の豊かさ、あふれる情熱などに圧倒されました。話の筋はすっかり忘れましたが、読後2、3日は上気したままボーとして過ごしていたように記憶しています。まさに私に世界文学の面白さを教えてくれた入門書でした。 さてフランクフルトの裕福な家庭で育ったゲーテは、長じるに従い文学を志すようになります。16歳でライプツィヒ大学法学部へ入学しますが、病気のため3年で退学します。21歳の時、フランス領のストラスブール大学へ1年ほど遊学します。その時、近隣のゼーゼンハイム村に住む牧師の娘フリードリーケ・ブリオンと出会い、二人は恋に落ちます。都会の社交界で育ったゲーテにとって、豊かな自然の中で体いっぱいに喜びを感じる素朴な愛であり、この頃ゲーテは「五月の歌」に代表されるような自然と青春を謳歌する詩を創作しています。フリードリーケは結婚を望みますが、文学を志し将来を夢見るゲーテは束縛されることを嫌い、彼女を捨てて故郷へ戻ります。恋に破れたフリードリーケは、その後一生独身を貫いたそうですが、この恋愛を詩にしたのが「野ばら」です。ドイツ文学者の手塚富雄氏は名著「ドイツ文学案内」(岩波新書)の中で「可憐なフリードリーケを傷つけ捨てることになったこの恋愛の結末は、相手が純真そのもののような少女であったためにゲーテの罪悪感は強く、それへの懺悔がゲーテの一生を通じての制作のモチーフになった」と述べています。そのためゲーテの作品には、しばしばフリードリーケをモデルとしたような人物が登場するそうです。

シューベルト

 

 ゲーテのこの詩に曲をつけた作曲家には、シューベルトと ヴェルナーの他にもベートーベンやシューマン、ブラームスなどの大作曲家もいて、世界で150曲以上創られているそうです。
 スランツ・ペーター・シューベルト(1797-1828)はオーストリアの作曲家で、歌曲集「冬の旅」や「魔王」、「ます」などのドイツ歌曲を多く作曲し、歌曲王と呼ばれていることはご存知の通りです。 

 

 

 

 

ヴェルナー

  一方のハインリッヒ・ヴェルナー(1800-1833)はドイツ人の作曲家で、音楽教師や教会のオルガン奏者をしながら曲を作り、そのうち最も有名なのが野ばらです。二人はヴェルナーが3歳下の同年代、ともに30歳そこそこの若さで亡くなります。シューベルトの野ばらの初演は1815年、それから約15年後にヴェルナーが野ばらを発表しますが、楽譜には「シューベルトの影響の下に」と記されています。
 中学時代、私にクラシック音楽の面白さを教えてくれた音楽の先生から、「シューベルトとヴェルナーの野ばら、どちらが好き?」と聞かれて答えられなかったのを覚えています。
シューベルトの曲はリズミカルで躍動感があり、悲喜こもごもの感情を抑揚つけて歌うのに適しています。表現力に富んだ歌手が、大きな身振りで表情豊かに歌い上げる様が浮かんできます。一方ヴェルナーの旋律は静かに流れるようなメロディで、如何にもウィーン少年合唱団が清らかに美しく歌うのに向いているようです。確かに1番の清純な歌詞にはヴェルナーの旋律が合うように感じますが、23番の詞のように少年と野ばらのやり取りをダイナミックに表現するには、シューベルトの曲の方がふさわしいように思われます。
 詞を訳したのは、明治時代に西洋歌曲の訳詞家として活躍した近藤朔風(さくふう)(1880-1915年)です。東京音楽学校で学ぶかたわら東京外国語学校にも在籍し、外国語を習得しました。「なじかは知らねど心侘びて・・・」や「泉に沿いて茂る菩提樹・・・」など、今でも私達がその歌い出しを自然に口ずさむ「ローレライ」や「菩提樹」などの詞も訳しています。野ばらの詞も、前々ページに示しました朔風による「童は見たリ、野中のばら」が最も有名で、今でも広く歌われています。ところがこれはシューベルトの曲につけた訳詞と云われ、それとは別に朔風は、下に示すようなヴェルナーの曲に合わせた訳も書いています。二つの曲の異なる旋律に合わせるために訳を変えたものと思われますが、一人の訳詞家が同じ詞に異なった訳をするというのも珍しいことです。

野ばら

ゲーテ作詞 近藤朔風訳詞 ヴェルナー作曲 

   1.童は見たり 荒野(あらの)のばら
     
朝とく清く 嬉しや見んと 走りよりぬ
     
ばら ばら赤き 荒野のばら

 

   2.われは手折らん 荒野のば
     
われはえ耐えじ 永久に忍べと 君を刺さん
     
ばら ばら赤き 荒野のばら

 

   3.童は折りぬ 荒野のばら
     
野ばらは刺せど 嘆きも仇に 手折られにけり
     
ばら ばら赤き 荒野のばら
 

 果たしてあなたはどちらがお好きですか?

 

 さて病院の話題です。今回は新しい外来棟について紹介致します。

  • ◆ 外来棟は5階建です
     1、2階は駐車場で、3、4階が外来診療スペース、
     5階にエネルギーセンターが入ります。
     3、4階は上空通路により入院棟と連結されて
     います。

  • ◆ 3階では内科系診療科、心臓や呼吸器外科などの
  • 外来診療が行われます
  •  各外来はA、B、Cの3ブロックに分かれ、ブロック
  • ごとに受付があります。
  •   Aブロック: 歯科口腔外科
  •   Bブロック: 内科、糖尿病内分泌内科、
                                 呼吸器内科、消化器内科、腎臓内科、
                                 血液内科、総合診療科
  •   Cブロック: 循環器内科、心臓血管外科・呼吸器外科、
  •           膠原病リウマチ内科、整形外科・リウマチ科、皮膚科
  •   ほかに点滴や採血、採尿を行うスペースがあります。
  • ◆ 4階では外科系診療科、小児、産婦人科などの外来診療が行われます
      
    Dブロック: 耳鼻咽喉科、眼科、麻酔科、小児科、小児心療内科
      Eブロック: 外科、乳腺外科、脳神経外科、脳神経内科、形成外科、精神科
      Fブロック: 泌尿器科、産婦人科
  • ◆ 外来診療の受付、会計は入院棟3階の総合受付で行ってください
  •  初診の患者さんは、総合受付①番の窓口へ紹介状を提出して手続きをしてください。
     再診の患者さんは、再来受付機が3台ありますのでご利用ください。
     診察が終了しましたら、総合受付へ外来基本カードファイルをお出しになり、自動精算機(3台)
  • にて会計を済ませてください。
  • ◆ 病診連携にご協力ください
     
    病診連携とは、病院と診療所が協力して、患者さんの病態に応じた適切な診療を円滑に行うもの
  • です。「体調がおかしいな?」と思われたら、まずかかりつけの先生か近所の診療所へご相談くだ
  • さい。診察された先生が専門的な診療が必要と判断された場合には、当センターへ紹介していただ
  • きます。また本センターでの治療が終了し小康状態になりましたら、元の先生のところへお戻りい
  • ただき適切な加療をお続けください(逆紹介)。このようにして、かかりつけの先生と本センター
  • とが緊密に連携することにより、患者さんの病状に応じた適切な診療を継続することができます。
  • すべての患者さんが本センターへ集中されますと、本来の高度で専門的な診療ができなくなってし
  • まいます。どうぞ病診連携にご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

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                   桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛(文、写真)
                                  竹田 恭子(イラスト)